取材先でマラリアに感染し、イラク戦争の現地では砂漠でギャングのような謎の男たちに銃を突き付けられ……戦場カメラマンの渡部陽一さんは、これまで何度も命の危機を乗り越えてきた。

 これまでのエピソードとともに、常に死の危険と隣り合わせにある仕事を続ける中で貫いている「仕事の流儀」を聞いた。

マラリアに罹患したこともあるという渡部陽一さん ©釜谷洋史/文藝春秋

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気絶を繰り返しながら、「ああ、自分は死ぬのかも」と涙

――日本にいるとあまり想像もつかないですが、マラリアにかかるとどんな症状が?

渡部陽一さん(以下、渡部) ジャングルの中にあるコテージで、蚊帳で寝ていたのですが、羽虫が大量に飛び交っていたんです。予防薬も高かったので飲んでおらず、殺虫剤も効き目がない状態で数日過ごしたら、異変が起こったんですね。頭が割れるほどの痛みに、39度以上の熱が出て、呼吸もままならない。解熱剤や鎮痛剤も効かずに、意識が朦朧としていきました。

 それから難民キャンプに運ばれ、医師から「熱帯性マラリアに感染しているから、万が一のことも考えておくように」と。この時は「ああ、自分は死ぬのかもしれない」と涙が出てきては、激痛の中で何度も意識を失いました。

マラリアに罹患した際の渡部さん。気絶を繰り返し、死を覚悟したという(写真提供=本人)

 結局、医師が現地の闇市で購入した抗マラリア剤を服用し、その場では一命を取り留めました。が、成田へ向かうフライトでも再発して、日本に着いた頃には意識を失い、成田赤十字病院で入院もして。無事に退院できたのですが、当時は国内でマラリアの治療薬が手に入りにくかったので、いまでも僕の肝臓には原虫が潜伏している可能性があると言われています。

 そうした経験を重ねていくと、当然ですが健康への意識も変わりますし、現地での処世術も身に付きます。予防接種など医療面への意識に、寝床や食料の確保の仕方などのノウハウを現地で会得していくんです。

――写真を撮るだけが戦場カメラマンの仕事ではないんですね。

渡部 駆け出しの頃は、とにかく長く滞在していたので、現地に住んでいるような感覚で雑な部分もありました。体力も有り余っていて、若さゆえの無鉄砲なところもありましたから。ザイール、ルワンダ、ブルンジ、ウガンダ、ナイジェリア、マラウイ、モザンビーク……。カヌーでジャングルを移動したり、マラリアに罹患したり、葉っぱをテントにしたりと、アフリカでの生活は間違いなく僕の土台になっています。

 今はもう家庭もあるので、とうていあんな無茶な暮らしは出来ないですが(苦笑)。