『ブラック・ジャック』が出世作に

――声優の仕事は、最初から評価されていたということですか。

大塚 いいえ。もちろん、仕事を始めた頃は男1、村人Aとか、そういう役を1本の作品で10個も20個もやるのが当たり前です。ただ、その期間は人より短かったかもしれません。おそらく父はそれを見越していて、先に芝居をやらせて、ある程度できるようになってから声優をやらせようと考えていたと思います。父も初めから声優だったわけではないので。

 吹き替えで最初に主役を演じたのは、関西でしか放送されなかった映画版の『ローン・レンジャー』です。東京のキー局のゴールデンタイムで最初に主人公を演じたのは、フジテレビの地上波映画で、ドルフ・ラングレンの吹き替えでした。

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――その後は、アニメでも大きな役を演じます。

大塚 1993年にやった『ブラック・ジャック』が、それまでで一番のビッグタイトルですね。『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』でアナベル・ガトーを演じていましたけれど、ビデオシリーズ作品ですし「ガトーをやりました」と言っても、当時の一般的な知名度は低かったと思います。

――えっ、ガンダムの中でも屈指の人気キャラクターですよ。

大塚 当時は今よりアニメを見ている人は少なかったですし、ガンダムシリーズもまだ超メジャーコンテンツではありませんでした。ただ、『ブラック・ジャック』という名前を出すと反応が違います。手塚治虫先生の作品で、50年ほど前に秋田書店の『週刊少年チャンピオン』で連載されていたわけですから。

©三宅史郎/文藝春秋

父から「ごめんな」と言われた日

――『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』では、お父様もエイパー・シナプス役で出演されていましたが、共演はされたんですか。

大塚 作中では一瞬も絡んでないんですけど、同じスタジオにはいました。父とは最初の吹き替え作品から現場が一緒で、その後も、もう挙げたらキリがないくらい共演しています。

――お父さんの周夫さんが新聞のインタビューで、ある時、明夫さんに「父親として何も残してやれなくてごめんな」と言った際、明夫さんが「役者として一番大事なものをもらってる。血だよ」と答えたと語られていました。

大塚 はい、言いました。父がその時にどんな顔をしたかは覚えてないですけど、うれしかったという話をしていたと、後に聞きました。