「面白半分で父のセリフを演じたら、みんなが驚いた」

――その他にもいろいろな思い出がありそうですね。

大塚 確執があるとか言われるんですけど、親子としては、むしろ仲がいいんじゃないですかね。父の家へ泊まりに行ったりすると、たまに一緒に飲んでましたし。そうすると、父は自分がやった仕事を見せようとするんですよ。批評が欲しいわけでもないだろうに。「やっぱりうめえな」って言ってほしかったのかな。

――周夫さんは2015年1月15日、電車に乗車中に倒れられ、そのまま亡くなりました。

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大塚 あの日、父は日中にテレビ東京でナレーションを録って、夜には青二プロの新年会があって。その後、冬の寒い中、明治記念館から歩いて青山一丁目まで向かい、それで地下鉄に乗ったら、赤坂見附駅に向かう途中で心臓が止まってしまったようです。

――当日も仕事をされていたんですね。文字通り、生涯現役だったわけですね。

大塚 そうですね。やっぱり僕も、生涯現役でいたいなと思います。できれば86歳以上まで。そこは父を超えて、「俺の勝ち」って言いたいですね(笑)。

――現在、明夫さんは『忍たま乱太郎』の山田先生や、『キングダム ハーツ』のマスター・ゼアノートなど、お父さんが演じた役を引き継いでいます。親子とはいえ声の質は違うと感じていたのですが、お父様と非常に近い声で演じられていて驚きました。

大塚 やっぱりね、小さい時から父の声を聞いているので、「こんな音だったな」というのは覚えているんですよ。普段しゃべる声は、そんなに似てないんですけど。似せにいくと似るんですよ。

『キングダム ハーツ』の時は、スタッフの方が父の後任を誰にするか悩んでいると言っていたので、面白半分に父のセリフを言ってみたんですよ。そうしたら、みんな目が点になって。「改めて事務所の方に連絡します」となり、決まりました。

©三宅史郎/文藝春秋

――お父さんが演じられていた役を継承するというのは、どういう思いなのでしょうか。

大塚 楽しいです。父が亡くなってすぐに『忍たま乱太郎』で山田先生を演じたんですが、父の演技はこんなだったかな、あんなだったかなと探していくとね、父がいるみたいな気がするんですよ。これが面白い。

 父の演技も、いずれは忘れられていくのだと思うんですけど、僕がまだ現役でやれるうちは、父も現役でいられるかなと思うんです。大塚周夫って人がいたんだよ。今、大塚明夫がやっているこの役の声は、もうそっくりなんだよって。(つづく)

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