かつては100人→4人まで住民が減ってしまったワケ

 散策を終えて宿に戻り、本土で買ってきた食材で夕飯を作ることにした。島には売店も、外食する場所もない。食事は基本、手料理だ。宿には、屋内に加えて外にもキッチンが備えられていた。釣ってきた魚をすぐに捌けるようにと、外にもキッチンがある家庭が多かったのだという。

外にもキッチンがあるというのが「築島流」

 それくらい、漁業が生活に根付いているなら、魚は買わないのだろうか。そう尋ねると、築島さんは少し考えて、「当たり前過ぎて気にしたことがなかったのですが、そういえば買ったことないですね」と言って笑った。

 夕飯の支度が終わる頃、ちょうど日がくれ始めてきた。せっかくの景色なので、テラスで食事をいただくことに。沈んでいく夕日を眺めながら、宮崎の地ビールで乾杯。飲み食いしながら、あらためて島の話を聞く。

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潮風を受けて傷みやすいため、テラスや屋根もこまめな手直しが必要とのこと

 築島の住民の仕事は、いまも昔もほとんどが漁師だ。その理由は、それ以外の仕事が、島にないからだ。それだけじゃない。島には、食堂も売店もない。自動販売機も1つもない。郵便物も、対岸までしか届かない。

 だから漁ができなくなったら、つまり自分で船を動かす体力がなくなってしまったら、島を去らざるを得ない。そうやって、どんどん人がいなくなってしまったのが、この島の現状だ。

島外の人たちが空き家を買うも、結局は放置され……

 交通の便が悪いため、空き家を処分することも難しい。だから、使われなくなった家は、そのままになっている。別荘にするためなど趣味のためにか、その空き家を買う人たちもいるという。

購入したものの、、そのままになっている空き家は多い

 けれど、購入されたほとんどの家も、他の空き家と同様に手つかずのまま放置されている。さらに、空き家と言えど、人のものだから、勝手にどうにかすることもできない。そうして、家はどんどん朽ちていく。もし無人島になったら、この状況はさらに加速するだろう。

「『島を復興させたい』とか、そんな大それたことを考えているわけじゃないんです。でも、生まれ育った島が、このまま荒れていくのを見ているのは、すごく嫌だなって」

 民泊を始める思いを、築島さんはそう話してくれた。

 当事者ではない私が言うのは、おこがましいかもしれない。それでも、この景色は、無くならないでほしい。そんなことを、思っていた。

 翌朝、目が覚めて、テラスに出た。昨晩、夕日が沈んでいくのを眺めていた同じテラスから、今度は朝の海を眺める。

 朝食を済ませ、荷物をまとめる。昨日と同じく、運搬車に荷物を載せて、港まで運ぶ。港へ向かう道の脇には、屋根が崩れたり、蔦が巻き付いたりしている空き家が並んでいた。

木々に覆われ、飲み込まれた空き家もチラホラとあった

 築島さんの運転する船に乗り込み、本土へ戻る。短い挨拶を交わし、築島さんは島へと戻っていった。築島さんの船が、対岸の築島に向かって遠ざかっていった。

島へと帰る築島さん

 本土からたった200メートル先に、島の暮らしがある。地元・宮崎でもほとんど知られていない島は、まもなく無人島になろうとしている。

 そういえば、と思い出す。港に停まっている船を見れば、いま誰が島にいるのかが分かるのだと、滞在中に築島さんが教えてくれた。舳港から、海の向こうを眺める。築島の小さな港に、築島さんの船が着いたところだった。


 続くインタビュー記事では、人口が少ない島ならではの「ナゾすぎる文化」や「意外な生活事情」などについて、築島さんに聞いていく。

次の記事に続く 「海を泳いで、本土に渡るんです」島民わずか4人、地元民もほぼ知らない“ナゾの島”で育った人物が明かす「独特すぎる島生活」のリアル