変わり果てたSさんの姿を発見
銃弾を受けたクマは斜面を転げ落ちて、崖の下で止まった。
捜索隊はそこで初めて崖下に、変わり果てたSさんの姿を発見したのである。
ズボンは着用していたが、肩から上ははだけ、斜面に足を向けた状態でうつ伏せに倒れていた。肩から背中にかけて爪でひっかいたような深い傷があった。
クマはその遺体に折り重なるようにして絶命していた。
撃ったハンターは「(クマは)ご遺体を自分のものとして囲い込んでいるような感じだった」と後に語っている。
胃の中から人間の頭髪が
クマが駆除されたのは露天風呂からは北西に50メートルほど離れた場所だった。
「ご遺体を露天風呂から川まで引きずり下ろし、そのまま川を渡り、さらに対岸の斜面の上まで運び上げたうえで、囲い込んでいた。これには驚きました」
鶴山は言葉を継いだ。
「あんなクマは見たことない」
一般にクマは自分が食糧と看做(みな)したものには、強い執着を示す。
だが、このクマの執着心は度を越している。
同時に鶴山は、現場検証の際、露天風呂で獣臭を感じた理由に思い当たった。
「あのとき、このクマは対岸の崖の上から、じっと我々を見ていたんだと思います」
クマは自分の“獲物”を誰からも横取りされない場所に運ぶために、被害者を50メートルも引きずっていった。そして露天風呂を行き来する人間たちの様子を対岸から「監視」していた――。
駆除されたクマは体長140センチ、体重は80キロのオスだった。
このクマの解剖には、鶴山も立ち会った。
クマの胃の中からは人間の頭髪や顔の一部が見つかった。
「草木類はほとんど口にしていなかったようです。そのせいか、クマの肉を裂いてみると脂肪がほとんどついてなかった。本来、冬眠前のこの時期であれば、5〜10センチほどの脂肪がついているはずなんです。かといって、栄養不足という感じじゃない。むしろ毛並みなんかツヤツヤで、今まで見たことないぐらい見事に真っ黒でした」
驚いたことがもうひとつあった。
「あのとき10メートル以内の至近距離から、計3発撃ってます。けれども解体して調べたら当たったのはたった1発、こめかみのあたりにポッと当たったぐらいでした。致命傷というほどの傷でもなかった。たまたま、当たり所がよかったんです。それだけの至近距離から撃っても、鉄砲なんてそう簡単に当たるもんじゃないんです」
鶴山は「間一髪でした」と呟いた。
(文中一部敬称略)
