「あの事件さえなければ普通に暮らしていたんだろうな」
小原の生家のあった地区へと足を運ぶと、福島空港へと繋がる道路の造成工事が行なわれていた。
それ以外は道路が舗装されただけで、村の雰囲気には大きな変化はない。王貞治のボンカレーのポスターが貼られた時代が止まったような雑貨屋の主人が以前の村の様子を話してくれた。
「昔は車が通る道なんてなかったよ、ここは馬車しか走ってなかった。小原ん所は道なんて無くて、人が歩いたりして、自然と道ができたようなもんだよ。このあたりの松林はもう夕方になると歩けねぇんだよぉ、きつねがいっぱいいて、あとをつけて来るんだ。棒を持って歩かないといけなかったよぉ。きつねは肉食だから襲ってくるんだよ」
きつねが人間を襲うとは驚きだが、それほど人間より野生動物が多く人里離れた場所であったエピソードではある。小原についても当然覚えていた。
「足の跛は冬に田に水を張って、ケガをしたことからなったんじゃねぇかなぁ。時計の職人になって須賀川に行くまでは、いい兄貴分だったよ。あの事件さえなければ普通に暮らしていたんだろうな」
今でも小原の生家には小原の兄の息子が後を継いで暮らしていた。そして町の中には小原が眠る墓地があった。
「死刑になったあと、兄貴が骨を持ってきて、墓地に埋めたんだよ。当時は卒塔婆も無くて土盛りだけだったけど、今からしばらく前に墓を新しくしてね。その時一族の墓に入れたって話だけどねぇ。ここで話を聞いたって言わないでくれよ。今も一族が住んでいるから、あんまりあの事件の話はしないんだよ」
同じ地区に暮らす住民がこっそりと話してくれた。