W字型の死亡率と免疫の自爆テロ
最大のミステリーは「元気な若者が多く死んだ」という事実です。通常の感染症の死亡率は乳幼児と高齢者が高いU字型を描きますが、スペイン風邪は働き盛りの20~30代の死亡率が異常に高いW字型でした。逆に虚弱な70代以上の高齢者の方が生き残るケースもありました。
この謎を解く鍵が「サイトカインストーム(免疫の嵐)」、つまり免疫の暴走です。ウイルスが侵入すると、免疫はサイトカインという命令物質を出して白血球などをウイルスがいる現場に呼び寄せます。しかしスペイン風邪のウイルスは人類が初めて遭遇するタイプで増殖スピードが異常でした。これに直面した若者の強力すぎる免疫システムはパニックを起こし、過剰な命令により免疫細胞の特殊部隊を大軍勢で呼び寄せ、ウイルスだけでなく自分自身の正常な肺の細胞まで手当たり次第に破壊しはじめたのです。
これは泥棒退治に軍隊を呼んで家ごと爆撃するようなものでした。肺の組織がボロボロになって血管から水分が溢れ出し、肺が水浸しになったのです。高齢者は免疫が老化し反応が鈍かったため暴走が起きにくかったという説や、過去の類似ウイルスで免疫記憶を持っていたとする説もあります。当時の若者は最強の武器が自分自身に向けられ、自滅してしまったのです。
戦争の隠蔽とスペインの冤罪
このウイルスが世界中に短期間で広まった背景には、第一次世界大戦がありました。軍隊のキャンプや塹壕は「密」そのもので、ウイルスにとっては最高の培養器のような環境でした。発生源はアメリカの陸軍基地が有力とされ、そこから欧州の戦線へ渡り、帰還兵によって世界中へばら撒かれました。
なぜ「スペイン風邪」と呼ばれるのか。当時、大戦の当事国は軍の士気を下げないために厳しい報道管制を敷き、事実を隠蔽していました。ところが中立国だったスペインには検閲がなく、新聞がありのままを報道したため、情報を隠していた国の人々は「スペインから来た病気だ」と思い込みました。正直に情報を出した国が、不名誉な名前を押し付けられてしまったのです。