「悠仁さまの『将来は天皇になる』というご覚悟や使命感を、秋篠宮さまは育てることができるのだろうか。美智子さまも、悠仁さまの天皇教育について非常に心配しておられる」

 想定されていなかった傍系継承。秋篠宮は悠仁さまに、国民に理解され、共感される象徴天皇像を引き継ぐことができるのか。上皇が退位まで全身全霊をもって象徴天皇像を築いてこられたからこそ、それを間近で見てきた人々の間に、不安が漂い続けている。

悠仁さま1歳の頃 ©時事通信社

おもちゃの金魚が本物に

 もちろん秋篠宮は、悠仁さまの教育に心を砕いてこられた。秋篠宮の20年間の悠仁さま教育を丹念に辿ると、前半期と後半期で、二つの特色が見えてくる。子どもの自主性を重んじ、自然な形で関心の芽を育てられた前半期。そして、フィールドワークを通じて日本という国のかたちを捉えてもらおうとなさった後半期だ。

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 悠仁さま誕生の翌年である2007年から約9年間にわたって秋篠宮家の御用掛を務めた、元国土庁事務次官の近藤茂夫が語る。

「幼少期の悠仁さまが親しまれたことの一つに、畑仕事があります。秋篠宮邸の一画にある畑で、悠仁さまは何を植えるかを私と相談しながらご自身で決め、自ら種をまかれました。茄子、トマト、きゅうり、ピーマン、ソラマメ、ジャガイモ、サツマイモ……。あらゆるものを作っておられました」

 悠仁さまは「サツマイモはヒルガオ科」という知識を披露され、近藤を驚かせた。雑草とりや水やりといった畑仕事を終えると、近藤や他の職員たちと、鬼ごっこや縄跳びに興じられた。実りの季節、とくにジャガイモやサツマイモの収穫時には生き生きとされていたという。

「秋篠宮家では年に1度、職員やそのOBを集めた懇親会が開かれます。家族連れで参加できる会で、当日は輪投げや金魚すくい、花火といった催し物がある。こうした催し物は、全て悠仁さまのご発案でした。金魚すくいでは、最初の年はセルロイド製のおもちゃの金魚を網ですくう遊びだったのが、悠仁さまのご希望で、翌年には本物の金魚になった。ご夫妻は、こうした悠仁さまのご発案をいつも尊重されていました」(同前)

※この続きでは、筑波大学にご入学なさった悠仁さまの学生生活について関係者がコメントしています。約9100字の全文は、『文藝春秋』2026年10月号と、『文藝春秋』の電子版『文藝春秋PLUS』に掲載されています(深層レポート 悠仁さま天皇教育の波紋)。

文藝春秋

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【深層レポート】悠仁さま天皇教育の波紋

出典元

文藝春秋

【文藝春秋 目次】愛子天皇は歴史の必然 保阪正康/転倒・骨折を防ぐ新常識/赤根智子さんの素顔

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