バブル崩壊後にリストラで退職

「地元にいたのはここまでです。職安に来ていた都内の建築会社の広域募集に応募し、作業職として採用してもらえたので上京したんです。社員採用だったので社会保険に入れたし、バブルが来たので数年はとても良かった。東京の会社はこんなに高給なのかと思った」

ところが92年の前半にバブル景気がしぼみ不景気に。94年の暮れにリストラがあって退職することになった。地方の高校卒で現業職を転々、特技や資格はなし、年齢も37歳。世の中全体が不景気だったから、これでは簡単に新しい仕事が見つからない。そこで始めたのがバイク便のライダーだった。

「95年の春先から請負で始めまして。90ccのスクーターにリアボックスを付けて都内をあちこち走り回っていました」

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完全歩合制で報酬は月30~33万円ぐらい。

ただし社員ではないので社会保険はなし、自分で自治体の国民健康保険と国民年金に加入。仕事に必要なガソリン代、オイル代、その他のメンテナンス費用も全て自己負担。

もらい事故をきっかけに職を失った

「報酬の3分の1ぐらい天引きしておかないと後々の支払いに困ることがあるので、給料というか自分の自由になるのは20万円。調子が良かった月は22万円ぐらいでした。生活はとりあえずちゃんとやれていた。バイク便ライダーは11年、54歳まで続けましたね」

時々、社員採用の仕事を探したが、まず年齢で弾かれる。採ってもらえそうな仕事は日給9000円前後のものばかり。これならバイク便ライダーの方がまだ良かった。

「自分の裁量でペース配分できるし、嫌な野郎と関わらなくていい。だからダラダラ続けちゃったんだな」

営業所では売上上位のライダーだったが、11年5月にもらい事故で左足の甲と肋骨2本を骨折する重症を負ってしまう。社員ではないから休業補償などなく、「治ったらまた来てください」でおしまいだった。

治療費と当座の生活費は相手の保険で賄われたが、怪我が治ったらバイク便に戻る気はなくなった。車と違ってむき出しで走っているから、事故があったら怪我や死亡するリスクが高い。急に怖くなった。