しかし、そういったことはすべて「資産をもっているほうが力がある」という考えに基づいた資本主義的発想で、個人の欲望からはかけ離れてしまうことも少なくない。腕時計を例に挙げたが、こういう事象に囲まれまくっているのが、私たちが生きる社会である。

 そんな話を鳥羽さんに共有したら、「そうなると結局、他人の欲望で生きることになる」と、おっしゃったのだ。まさに正鵠を得ている。

 こうした資本主義ゲームにレジャーとして乗っかるのは楽しいが、飲みこまれすぎると、とんでもないことになる。本当に欲しているかなど考えずに手に入れたものばかりだから、重課金ギアがすべて揃ったとて、幸せを感じられないのだ。

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 他者が勝手に価値のラベルを貼ってくる社会において、自分を幸せにするものはなにかを真剣に考え、捉えることは極めて重要だ。自分を幸せにするものは、決して他者のものさしに照らしあわせてはならない。

 モノの価値を自分で決められると、他人が決めた価値に振り回されなくなるだけでなく、価格に対して主体的でいられるようになる。人によっては高額と感じられるものでも、自分を幸せにするなら価値があるし、その逆も然り。鳥羽さんは、他人の欲望で生きることを、他者に支配されることと同義だともおっしゃった。

「嫉妬ログ」を採ってみる

 いま一度、「どんな状態にあると、自分は幸せと安心を感じるのか」を考えてみてほしい。できるだけ具体的に。住む場所、家族や他者との関係、ワークライフバランス、資産、などなど。私程度の人間なら……なんて卑下せずに。次に、ひとつひとつを「本当に?これは誰かの欲望ではない?」と棚卸してみてほしいのだ。

 極端な例として、「寝たまま3億ほしい」と思ったとする。あったらそりゃ便利だね。しかし、それで幸せになれるか? は別だ。「あったら便利」と「幸せになれる」は、必ずしも等号では結ばれない。

 身体や精神が労働に耐えうる状態でなく、金銭的に大変困窮して身動きが取れない場合を除き、「寝たまま3億」は、「もう働きたくない」とか、「自分には仕事で十分な金銭を稼ぐ能力がない」とか、「よくわからないけれど、なんでも楽に買えたら幸せ」の言い換えだ。

「もう働きたくない」のはなぜか? 「能力がない」と感じる理由は? 「楽になんでも買える」とは言うけれど、なにが欲しい? そうやって、ひとつずつ掘り下げていく。

 次に、嫉妬の対象を観察してみてほしい。「ブランドものばかり身につけて馬鹿みたい」と、他者にジャッジメンタルな悪口を言いそうになったら、そこにはうっすら嫉妬があると思って間違いない。