私は嫉妬を悪だとは思わない。欲望の裏返しであるが故、無自覚な己の望みを教えてくれる通知機能として、十分に機能するからだ。
嫉妬起因の欲望は二重底になっており、「そうか、私もブランド品がほしかったのか」では終わらない。それをまた、「果たして、ブランド品が欲しいのは誰かの欲望か? それとも、私は心からそれが欲しいのか?」と仕分けなければならない。
キラキラした人にイラついた時は、承認が欲しいからなのか、他人の目を気にせず好きなことをやるマインドをうらやんでいるのかを考える。
多忙な人に過剰反応してしまうのは、生活に充実感が欲しいからなのか、「忙しくない自分はダメ」というジャッジがあるからなのかを考える。正直、面倒臭い。しかし、やる価値はある。
そうやって嫉妬ログを採っていくと、他人の欲望なのか、自分の欲望なのか。区別がすぐにつかないものも出てくる。リスクがそれほど大きくないものに関しては、一度トライして「本当に自分を幸せにするか」を確認してみてほしい。
欲望を精査するための実験
馬鹿馬鹿しい話で恐縮だが、30代に入ったばかりの頃、異性愛者の私が「モテモテ」にならないのは容姿に問題があるからか、それとも中身に問題があるからかを確かめる実験をやった。合コンで。
どちらの合コンにも、私の容姿が限界まで近づける「多数派に好まれる格好とヘアメイク」を完璧に施して参加した。ひとつめの合コンでは「男性から多く好まれるとされる振る舞い」を行った。話を聞き、よく笑い、すべて肯定し、驚く。窮屈で仕方がなかったが、「ええ女発見や」と言われて仰け反った。そんなことを言われたのは初めてである。達成感はあったが、虚無のほうが大きかった。
ふたつめでは、同じく好まれるスタイリングとヘアメイクに身を包み、しかし普段通りに振舞った。よく喋り、突っ込み、大笑いし、よく食べた。結果、ひとつめの合コンでは個人的にデートに誘われ、ふたつめでは、私のいるテーブルからほかへ移ることを、男性参加者たちから裏で「国外脱出」と呼ばれる始末だった。
