人によって異なる「がんばる」の捉え方。ジェーン・スーさんが提案する、すこやかに仕事を続けるための「がんばる」の定義とは。
『週刊文春WOMAN創刊7周年記念号』より、ジェーン・スーさん初の仕事連載「はたらく私」第2回を抜粋し、掲載する。
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「頑張れる人」と「頑張れない人」が存在する?
誰かに「頑張れ」と言ってはいけないムードが世間で醸されはじめてから、ずいぶんと時が経った。私の体感で言えば、20年くらい。
なぜ、「頑張れ」と言ってはいけないのか。もう十分に頑張っている人に対し、これ以上追い込むようなことを言うのは酷だ、というのがその理由。おっしゃる通りだ。
言われたほうにしてみれば、いままでの頑張りを認めてもらえなかったショックで傷つくだろうし、「頑張れ」と言われても、どう頑張ってよいのかわからない人もいるだろう。身も心も限界寸前の状態で言われたら、立ち直れなくなってしまうかもしれない。おそらく、いまは「頑張ってるね」が適切な言葉。相手の現在を認めることが受容に繋がるというわけだ。
一方で、私は読者やリスナーから「背中を押してください」、「活を入れてください」と頼まれることが多い。頑張れと言われたい人も、いるにはいる。
信頼関係のある相手から「頑張れ!」と言ってもらえたら、私もうれしい。背中を押して欲しいのではなく、やっていることを応援されるのがうれしい。
数年前のこと。仕事でヘロヘロになっている私に、友人のフリーアナウンサー堀井美香さんは「頑張ってるね」ではなく、「頑張れ!」と発破をかけてくれた。このご時世に、その言葉をかけても良い相手だと思ってもらえたのが心底うれしかった。私はまだ頑張れると信じてもらえたのもありがたかった。
時と場合によるが、誰かの「まだやれるよ!」がプレッシャーになる人と、そうでない人がいるのだろう。果たしてそれは、世の中が「頑張れる人」と「頑張れない人」の二種類に分かれているからだろうか。それほど単純な話でもないように思う。
