ところが2日目、開けられた封じ手はその「銀打ち」だった。思わず自宅のモニターの前で声を上げてしまう。銀交換をした後に王手されて後手を引く。一時的に藤井の角の利きも止まる。なのになぜ、盤上の銀を持ち駒と交換するのか? そのあと角を引かれれば、角成りと飛車成りの両狙いが生じてしまう。

 藤井について「人間の感覚をアンインストールしている」と何度も書いてきたが、この銀打ちを選べるとはどんな思考構造をしているのだろうか。

2日目、立会人の青野照市九段が封じ手を開封する(写真提供:日本将棋連盟)

現地では木村門下の二人が控え室に

 気になって居ても立ってもいられず、午前中に現地へ向かった。立会人の青野照市九段、副立会人兼大盤解説の豊川孝弘七段に挨拶をする。豊川と私は、青野が定跡発展に貢献した角換わり早繰り銀と棒銀を勉強してきた世代だ。早繰り銀は、腰掛け銀に押されて下火になった戦法だったが、序盤の工夫で復活を遂げた。継ぎ歩での反撃など、昭和に編み出された技法は今も生きている。

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 伊藤は異筋の銀打ちに対して101分もの大長考の末、銀を交換し、王手を絡めて飛車角の利きを通す。飛車の成り込みは防がねばならない。藤井は豊富な歩を使い、飛車先を歩で叩くか、何もせずに受けるかの選択を迫られる。選んだ手はじっと受ける手だった。後手を引くので指しにくいが、調べてみると均衡は保たれている。

 午後2時過ぎ、高野智史六段が、木村一基九段門下の弟弟子である國井勝太新四段を連れて控室に入ってきた。高野といえば、2019年の豊島将之王位に木村が挑戦した王位戦のことを思い出す。

 当時の第6局も陣屋で行われ、高野は師匠の勝った瞬間を見届けると、余計な気をつかわせないためかそっと静かに帰っていったのだった。木村は第7局も勝って、史上最年長(46歳3ヶ月)での初タイトル獲得という偉業をなしとげた。

 國井は、木村が王位を獲得した年に奨励会入りし、つい先日9月5日に行われた三段リーグで四段昇段を決めたばかりの17歳だ。インタビューで「高校生で棋士になったからには、タイトルを3つも4つも取っていきたい」と威勢よく語り、注目を集めた逸材である。

 早速あの銀打ちについて高野に尋ねると、「1秒も考えなかったです」とのこと。やはりそうかとホッとする。