今年、全国戦没者追悼式で高市首相が述べた式辞には、修正主義的な歴史観が表れていると昭和史研究家の保阪正康氏は指摘する。天皇陛下と高市首相の間で顕在化している「歴史観の乖離」に警鐘を鳴らした。
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不戦の意志を改変してしまった
高市は、戦後70年にあたる2015(平成27)年から安倍が盛り込んだ「戦争の惨禍を繰り返さない」という主体的な意志を表す文言を、「戦争の惨禍を繰り返させない」という他者への使役の形に変えた。私は、安倍の修正主義的な歴史観を厳しく批判し続けたが、その安倍でさえもが国際環境への認識と保守政治の力学のなかで示した不戦の意志を、高市は別のものに改変した。安倍から高市へという継承関係はよく語られるが、安倍がかろうじて踏みとどまった保守政治の分厚い伝統の中に高市はいないのではないか。
「戦争の惨禍を繰り返させない」と言う、相手は誰か。それは、天皇の権威を利用し、国民を戦争に駆り立てたかつての日本の軍事指導者たちのような存在なのか、広島と長崎に原子爆弾を投下し、いまも他国に戦争を仕掛けているアメリカなのかと問いたくもなる。ありていに言って、この文言は、高市の修正主義的な歴史観の反映であり、主体性の曖昧さの投影でもあろう。
本誌先月号の後藤田正晴についての連載でも触れたが、高市は1995年3月16日、国会で、平和憲法への国民の支持は戦争への反省が前提になっているという考え方に同意しないという文脈で、「少なくとも私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」(衆議院外務委員会)と述べた。
つまり高市は、個人的に戦争体験世代ではないので戦争への反省はしないし、海外から求められる筋合いもないと、国民の信託を受けて諸外国と協調する責務を負う政治家としては、あってはならない発言をしていたことになる。また、その戦争への認識であるが、太平洋戦争を過ちではなく自衛のための正当な戦いと捉える、自国中心の歴史観を折に触れて披瀝していた。これらは、国家主義的右派を志向する政治家の、若き日の行き過ぎた言動という面もあろうと思われたが、戦没者追悼式での式辞を見る限り、高市の現在にそのまま繋がっている。
戦没者追悼式では、天皇のみが「反省」を述べた。皇后とともに出席した天皇は、お言葉で、2015年に平成の天皇が使った「深い反省」という表現を引き継いだ。令和の天皇が平成の天皇を新たな時代において継承する意志は明らかだ。平成の天皇が用いた「国民のたゆみない努力」という表現を「人々のたゆみない努力」と国際社会に開くように変奏し、平成の天皇の「深い反省とともに」を「深い反省の上に立って」と歴史を経た継承の重みを噛みしめるように語る。平成の天皇と20時間を超える濃密な時間を共にし、その言葉に深く感じ入った経験のある私には、歴史と言葉に向き合う令和の天皇の、この上なくきめ細かな心配りが感じられる。

