「ちゃんと芝居をしろ!」
現場の若松は厳しく、小手先の演技をしようものなら「ちゃんと芝居をしろ!」と罵声が飛んだ。しかし、井浦は怒られれば怒られるほど燃え、その分の熱量を芝居に投下して監督にぶつけ続ける。結果、名前を覚えてもらえ、関係性ができていった。この経験から彼は、「自分にもこんなに情熱をかけて役者の仕事ができるんだ!」と気づき、それからは芝居が本当に楽しくなったという。
このとき若松から「君は役を選ぶな。何でもやれ」と言われてからというもの、井浦はそれを守って、映画にテレビドラマに、どんな役にも、台本を読んで「これは無理だな」と思う役だったらなおさら、貪欲に挑戦するようになる。
その後も若松が作品を撮るたびに井浦は出演した。『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(2012年)では主人公である作家の三島由紀夫の役に抜擢され、三島が若者たちを集めて民間防衛組織「楯の会」を結成し、最後には自衛隊にクーデター決起を呼びかけたのち自決におよぶまでを演じた。
ARATAから本名・井浦新へ
若松から「三島はおまえに任せたからな」と電話で告げられたとき、井浦は足を骨折して入院中だった。若松組ではまだ勉強中の身という意識のあった彼からすれば大役だったが、《足を治すという目の前の目標があったせいで、三島を演じるプレッシャーを感じる余裕すらなかった、というのは怪我の功名ですね》と振り返っている(『キネマ旬報』2012年6月下旬号)。
同作が2012年に公開されたのを機に、芸名をARATAから本名の井浦新へ改めた。本人はその理由として、三島由紀夫は日本の伝統と文化の重要性を訴えた人なのに、映画のエンドクレジットでローマ字表記の“ARATA”と出るのが嫌だった、と説明する一方で、《アーティストネームというのは肩書きと同じで、たいして重要ではないと思ってるんです》とも話している(『Quick Japan』Vol.99、2011年)。
残念ながら若松監督はこの映画が公開された年の10月、交通事故で急逝した。翌2013年に井浦も出演した新作『千年の愉楽』の公開を控えるなかでのことだった。その後、白石和彌監督をはじめ若松プロダクションのスタッフが再結集し、同プロダクションの黎明期を描いた映画『止められるか、俺たちを』(2018年)を撮るにあたっては、井浦が若松の役を引き受けている。
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