「わかりやすい映画ばかりでいいのか」という問いを携えて、主演・水上恒司、監督・武井佑吏、原作者・鴻池留衣の三者が一堂に会した。映画化の企画が動き出してから完成までの紆余曲折、役者を演じる役者の葛藤、そして“恥ずかしさ”への愛着――それぞれの言葉が熱く交差するなかで、この作品が世に出るべき必然が浮かび上がってくる。

左から原作の鴻池留衣、武井佑吏監督、主演の水上恒司。写真・佐藤亘

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ゴーサインが出るまでの1、2年――「ドッキリじゃないか」と疑った原作者

鴻池 映画『本当にあった話(の話)』、素晴らしかったです。僕の原作にはないシーンもけっこうあるじゃないですか?でも見ている間それに気づかなくて、自分が書いた気になっていたんですよ。後で小説を読み返して「あれっ、あの場面どこだ?」みたいな。そのぐらい自然でした。小説を自分の意図とは違う角度から評されて発見があるのもそれはそれで楽しいんですけど、今回は違和感が全くなかった。多分それは、僕が書きながら見ていたのと同じ世界を、監督や役者さんたちが見てくださっていたからだと思うんです。

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「ドッキリ」を疑ったと語る原作の鴻池留衣氏。写真・佐藤亘

武井 そう言っていただけると嬉しいです。

鴻池 だから、今後この映画がどう評されるかで僕はすごく一喜一憂するんだろうな(笑)。自分で書いておいてあれですけど、原作「フェミニストのままじゃいられない」(文學界2021年12月号)は、かなり複雑でわけがわからない変な小説だと思う。監督はどうしてこれを選んでくださったんですか。

本作が商業映画デビューとなる武井佑吏監督。写真・佐藤亘

武井 僕、鴻池さんの小説は最初に「ジャップ・ン・ロール・ヒーロー」を読んですごく面白いと思って、その後「最後の自粛」「スーパーラヴドゥーイット」など全作読んでいるファンなんです。仕事柄、本を読むと「映画化できるかな」とつい思っちゃうので、鴻池さんの小説だとどれができるだろうと考えました。「スーパーラヴドゥーイット」は夢が出てくる話だから難しいな、とか。「フェミニストのままじゃいられない」は、作中に演劇という設定があり、オーディションから始まって舞台の上演で終わる。そういう「映画的な」流れが見えたのが大きいかもしれません。わけがわからないところや「この人物は何を思ってるんだろう」という難しさは確かにあるんですが、全体はすごく映画的で面白いんです。

舞台で共演する米良(黒木華)と夛田(水上恒司)の間で虚実の境目が曖昧になっていく。Ⓒ鴻池留⾐/⽂藝春秋/2026「本当にあった話(の話)」製作委員会

鴻池 映画化の話をいただいた時、「文學界」の担当者と「ドッキリなんじゃないか」と話していました。よく企画が通りましたね。

武井 僕のような無名の監督の場合、製作費を集めるために作品が売れる何らかの担保がないと難しいのは事実です。たとえば有名作家の原作であるとか。こんなこと言うと失礼ですけど……。

鴻池 僕の読者はマニアックな人ばかりで、文芸の世界で売れっ子じゃないことは自覚しています。この原作は文学賞も取っていないし、そもそも本になっていなかったし。

武井 プロデューサーからは、内容は面白いけど、キャスト次第だと言われました。それで、出演してくれる方を探すのに1、2年かかったのかな。幸いなことに主演に水上さんが決まり、黒木華さん、佐々木蔵之介さん、小池栄子さん、山下美月さんと次々に決まって、ついにゴーサインが出ました。