前髪を下ろしたくなかった理由――夛田というキャラクターへのこだわり

鴻池 演技に関して監督から水上さんに何かリクエストはされましたか。

武井 現場に入る前に水上さんと一日しっかりお話しする時間があったと記憶しています。夛田の出演場面の読み合わせを一通りして、「そこはちょっと古畑任三郎っぽすぎるから少しトーンを抑えましょう」とか。あと主要キャストの皆さんには、脚本にない原作の場面や、その人物の経歴を僕が想像して書いたメモを渡しました。

 原作の会話はいわゆる小説っぽい会話文ではなく、言いよどむところがあったりして、話し言葉に近いですよね。

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鴻池 映画ではけっこうそのまま使ってくださった印象があります。

水上 作品によっては言いづらいセリフがありますが、夛田が米良を説得しようとする喫茶店の場面をはじめ、この映画のセリフは僕にとってすごくしゃべりやすかった。自分の呼吸やジェスチャーに合わせてすんなり話せて、楽しかったです。

武井 ドラマとかだと人物の気持ちや状況の説明を短時間でしなければならず、会話がいわばデフォルメされてしまうことが自分で書いていてもよくあります。この映画はそうではない方向を目指したくて、原作にないシーンを書く時も説明的にならないよう意識していました。

水上 当たり前ですが人は相手の話を聞きながら頭の中でそれに頷いたり反論したり、全然話を聞いていなかったりするじゃないですか。夛田は相手がしゃべっている時に「かぶせよう」とする男だと思ったんです。相手の発言中に息を吸って何か言おうとしたり、やっぱり一回やめて聞いてみたり。そういう夛田を演じるのが楽しくて、「武井さん、ここを使ってくれ!」と念じながらやっていました。

Ⓒ鴻池留⾐/⽂藝春秋/2026「本当にあった話(の話)」製作委員会

武井 あと水上さんが夛田のヘアスタイルに関して、前髪を下ろすことに反対していたのが印象的だった。最近の日本映画の登場人物にそういう髪型が多いからという理由だったと思います。

水上 前髪を下ろした男性、多くないですか? みんな同じに見えてしまって、もっと個性があってもいいと思う。一種のルッキズムで、それで見てくれる方がいるから生まれているものだとも思うけれど、この役ではそれに抗いたい気持ちがありました。

鴻池 他のキャラクターでは、夛田たちが出演する舞台の演出家でパワハラ、セクハラをする加藤鶏冠手(かえるで)という人物がいますね(映画では佐々木蔵之介が演じる)。武井さんは映画監督という立場から、自分と重ね合わせるところはありましたか。

武井 加藤鶏冠手は、いい舞台を作りたいというモチベーションはあるのですが、それ以上に人間を支配したい欲望が強く、制作過程で生まれる力関係に興味がある人物だと思う。言うのは恥ずかしいけれど、それはちょっとわかる部分があります。僕は普段テレビのディレクターをしているのですが、映画の監督になると現場での扱いが全然違うんですよ。みんなに「監督」と呼ばれ、ロケの宿泊先がツインルームになったりする。その気持ちよさみたいなものはやっぱりあって、そこを勘違いすると加藤のような加害性が発生してしまうんだろうなと。加害をしながらもお芝居を演出することに対して真面目じゃないわけではないところも含めて、わかると思いながら撮っていた気がします。

パワハラとセクハラを繰り返す演出家を演じる佐々木蔵之介。Ⓒ鴻池留⾐/⽂藝春秋/2026「本当にあった話(の話)」製作委員会

水上 出来上がった作品を見て、武井さんの期待に役者陣はちゃんと応えられていましたか。

武井 自分が想像していた以上に面白いものになりました。と同時に、主演が水上さんじゃなかったら怖かったなと思います。現場で水上さんが出してくれたアイデアもいっぱいある。夛田に決定的な変化が見えるある場面でのちょっとした動作とか、僕が指示したわけではないんですがとても印象的で、計算なのでしょうが、まさに憑依しているようでした。要所要所で水上さんが作る何ともいえない表情もすごく好きで、それで「ここで面白い顔してください」なんてけっこう雑な指示をしていましたね。

“恥ずかしい”を意図的に作る――笑いと娯楽性への確信

水上 今回いくつか取材をしていただいて、自分たちが笑えると考えて作っていたものが意外に重く受け止められているような感じがします。最近出演させていただいているNHKのコント番組の演出家が、笑いは「ズレ」と「人間の愚かさ」から生まれるとおっしゃっていた。『本当にあった話(の話)』にはその両方があると思うんです。コメディって本当に難しくて、うまくいかない時は何をしてもダメだし、何も考えていないのに笑いが起きる時もある。この映画の(にもそういう面があるでしょう。

武井 それがもともと原作にあった面白さですよね。

水上 もっと重く作ろうと思えば出来たと思うけれど、重々しい映画っていかにも日本的じゃないですか。それはやりたくない。もっと軽快に、娯楽的にしたいと思ったし、自分ならきっと出来ると考えた。今回そういう映画作りが出来て嬉しいです。

写真・佐藤亘

鴻池 コメディの部分をぜひ感じてほしいですね。僕は笑いました。

水上 僕も笑いましたよ。黒木さんが踊るシーンとか、意味がわからない(笑)。

武井 あれはなんで踊ることにしたんだっけな。普通はあの場面を寄りで撮りたくなっちゃうと思うんですよね。

水上 わかります。よく寄らなかったですね。

武井 踏みとどまった自分を褒めたい(笑)。だからというか、あのシーンってちょっと恥ずかしい。僕はきっと恥ずかしいことが好きなんです。恥ずかしい、見てられない、という感覚はとても大事で、怖いものを見たいのと同じぐらいの強さがあると思っているので、「スベってる」状態を意図的に作りたくなっちゃうのかもしれません。夛田の妻役の山下(美月)さんが指をピストルの形にして「バン、バン」と言う場面とかも、身悶えするような恥ずかしい気持ちになるんですけど、ああいうことが意外と大事だったりするんじゃないかな。