「コスパで選ぶと、呪いのサイクルに入る」――水上恒司が仕事を選ぶ基準
鴻池 水上さんの演技がとにかく凄いんですが、水上さんはどうしてこの役を受けてくださったんですか。
水上 ただただ「こういう作品に関わりたい」という気持ちでした。現場に入る前に「こんな感じの作品になるんだろうな」という予想が付くものが時々ありますが、「フェミニストのままじゃいられない」を読んだ時、どんな映画になるのか全然わからなかった。それを僕に託していただけるのであればぜひやってみたい、と。
僕はオファーいただいたお仕事をお受けするかの判断をする時に「売れる/売れない」で考えないんです。多分、本来それは作品がどうなろうと自分の生活にはあまり関係ない、「箱入り」の人の考え方で、僕はそうではないから自分でも不思議なんですけれども。僕の判断基準は自分にとって面白いか/面白くないかが全てで、今回自分がその基準を持っていて良かったと思います。
武井 水上さんが自分で企画を読んで選べる立場だから出ていただけたんですね。
水上 失礼な言い方かもしれませんが、もっと「コスパのいい」仕事ってありますよね。でもコスパとかタイパみたいなことで仕事を選んでいると、人間のスケールがどんどん小さくなっていくと思う。この映画が無駄という意味ではないですけれども、人生ってどれだけ無駄なことをできるかじゃないですか?
鴻池 素晴らしいですね。僕も小説を書く時に賞を狙ったり、誰かに媚びを売るような作風にしたり、そういう姑息な手を使うことも可能といえば可能だけど、そんなことしたって面白くないですもんね。
水上 面白くないです。きっと「何のために俺は芝居してるのか」って思っちゃいます。何を好んで寝る間も惜しんで、腹減ったなと思いながら演技してるんだろう、みたいな。コスパの方に走っちゃうと、呪いのようにそのサイクルに入って抜け出せなくなるんじゃないか。それでも全部が素晴らしいし楽しいし、お金にもなるというのだったらいいですけど、たぶん現状、日本ではそういうサイクルは生まれていない気がします。
鴻池 この映画がどうして完成したのか、だんだん謎が解けてきました。
「巧すぎる」と言われた日――“下手な役者”を演じる難しさ
鴻池 水上さんの演じる夛田(ただ)は役者です。役を演じる役を映画の中で演じられているわけですけど、役者というご自身の立場と重なる部分はありましたか。
水上 ストーリーが進むにつれ、夛田にとって現実と演劇の境界がなくなっていくじゃないですか。それは世間的には「憑依する」などと表現される。でも僕はそういうのが嫌いで、役者に憑依なんてありえないと思っているんです。映画は順撮りじゃないし、監督と話し合い全体の起伏を考えながら、計算して演技を作っていく。僕自身に憑依みたいなことがないから、夛田のように現実と演技の境界がなくなっていくのは役者にとってうらやましい境地なのかも、と考えていました。
夛田のオーディションのシーンと、夛田が自分の家で共演者の米良(黒木華)と台本の読み合わせをするシーンの撮影中、武井さんから「水上さん、ちょっと巧すぎる」と言われたのが印象に残っています。その意味はすぐわかった。だって僕は日々芝居をしていて、夛田はしてないから。でも、もう一回スタートがかかるまでにすごく考えてしまいました。「もっと下手にやらないといけない自意識があるということは、俺は自分を巧いと思ってるのか。いや、それはないな」とか。
鴻池 なるほど、面白いですね。
水上 演技が巧い/下手って何だろうと。今回とりあえず僕が選んだのは、セリフを噛むこと、詰まること、あと「セリフを言おうとしている」状態を意識することでした。オーディションのシーンで、セリフが増えてカメラが寄っていく時に、夛田の呼吸が急に深くなるんですよ。その呼吸の浅さと深さを強く意識しました。
武井 映画の夛田は舞台経験がほとんどない役者という設定で、ある時から巧くなるというか、スイッチが入って演技が真に迫る。そこは演出上けっこう考えていたと思います。
水上 難しかったですね。技術の巧い/下手はもちろんあると思いますが、それは「面白い」とは別なんです。僕のデビュー作(TVドラマ『中学聖日記』)の芝居なんてド下手ですよ。恥ずかしくて見てられない。でも人を想う気持ちの強さや危うさみたいなものの表現は出来ていて、自分で言うのも何だけど「いい」んです。だからその時にしか出来ないことがあるなと思います。それを技術で出来るようになることを「巧い」と言うのかもしれない。
武井 後輩のディレクターが作ってくる映像で、編集とか下手なんだけどすごく面白いものがある。映画作りでも、技術が高まれば浅いところでは世に出せるものが出来るけれど、もっと深い部分での面白さとなると、別の何かが必要になってくると思います。
鴻池 小説を書いていても巧い/下手はコントロールできない。下手にしようと意識しても、自分の出来ることは限られますからね。

