何が言いたいかと言うと、私たちが「進歩」というとき、それは、五合目まで車で行けるようになったことを言っているんです。更に進歩すると、六合目までエスカレーターができたり、七合目にヘリポートができたりするかもしれない。そうすると、登る距離はどんどん短くなりますよね。だけど、本当は頂上よりも五合目、いや一合目のほうが断面積は広いわけです。海抜ゼロから見れば、ものすごく視野が広がるし、選択肢が増えますよね。いま富士登山は4つのルートがありますが、全然違うルートを発見できるかもしれない。僕は、海抜ゼロからものを考えないと新しいものができないと思うんです。だから、上へ上へ行くことが進歩なんじゃなくて、裾へ裾へと下りていくことが本当の進歩なんじゃないかと。

「北の国から」に出演する役者たちと団欒。左から、地井武男氏(故人)、田中邦衛氏(故人)、岩城晃一氏、中嶋朋子氏、倉本聰氏、竹下景子氏(81年撮影) ©文藝春秋

裕次郎に嫉妬した学生時代

 有働 例えばどんなことをすれば、海抜ゼロから考えられるんでしょう。

 倉本 いろんなやり方があると思いますよ。中学時代はどんなものの考え方をしていただろう、母親と初めて腹を割って話をしたときにどんな会話をしただろう。そんなふうに自分の原点に立ち返ることですよ。

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 有働 倉本さんの原点には何があるんですか。

 倉本 僕にとっては11歳のときに見た終戦の焼け跡。そして、大学生になって新宿西口の飲み屋で飲んでいるころ、一方で石原慎太郎さんの『太陽の季節』が出てきて、石原裕次郎というまぶしい存在が逗子でアロハシャツを着てヨットを操縦していて。その後ずいぶん経ってから裕次郎と仲良くなったけれども、当時は眉をひそめましたよね。一体どうすればあんな人生になるんだろうって、みんな嫉妬したと思う。そんなことを思い出したりします。

※この続きでは、「最後に作りたいドラマ」について倉本聰さんが語っています。約8600字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(倉本聰×有働由美子「『北の国から』感じる日本崩壊の危機」)。

文藝春秋

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「北の国から」感じる日本崩壊の危機
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