2026年9月、俳優の中村ゆりさんが、直腸がんのため亡くなった。
来年(2027年)1月期放送予定のドラマ『デンジャラス』(NHK総合)では、吉岡里帆やオダギリジョーと共演することが第一報で伝えられていたものの、7月に腸閉塞のため降板を発表。まさかその約2カ月後に、こんなにも悲しい知らせを聞くことになるとは思わなかった。
近年は特に出演作が相次ぎ、話題作のなかにはいつも中村さんの姿があった。間違いなく、いまの日本の映像界になくてはならない俳優の一人だったと思う。私もまた、中村さんの芝居に魅せられた一視聴者ではあるのだが、その足跡をたどりながら、彼女が作品に残してきたものを振り返ってみたい。
(※一部、作品の詳しい内容に触れています。未見の方はご注意ください)
14歳で芸能界入りし、歌手デビュー
中村さんのキャリアは、意外にも歌手から始まる。1996年、14歳の時に『ASAYAN』(テレビ東京系)内のオーディションを経て、伊澤真理(MARI)と幼なじみデュオ・YURIMARIを結成。1998年にデビューし、6枚のシングルと1枚のアルバムをリリースするなど精力的に活動していたものの、翌年に解散する。
中村さんはいったん表舞台を離れ、外の世界を知るため、単身ニューヨークへ渡る。約2カ月の滞在中にブロードウェイやオフ・ブロードウェイの舞台を目にしたことで、俳優業にも心惹かれていった。
「むかつきましたね」転機になった作品
2003年から俳優活動を始めた中村さんにとって、2007年公開の映画『パッチギ! LOVE&PEACE』は大きな転機となった。
中村さんは在日韓国人3世の父と韓国生まれの母を持つことを公表しているが、前作(沢尻エリカ主演『パッチギ!』2004年)を観た際、自身のルーツとも重なる物語に、なぜ自分が出演していないのかと感じ、続編のオーディションに挑んだという。
井筒和幸監督から前作の感想を聞かれ、「むかつきましたね」と答えたエピソードは、穏やかなイメージの中村さんからはあまりに意外で、インタビューを見たときは驚いたものだった。
そんな強い思いで射止めたヒロイン・キョンジャ役での演技が高く評価され、2007年度全国映連賞女優賞と第3回おおさかシネマフェスティバル新人賞を受賞する。

