この情報は、米田に事件の全体像を改めさせるに十分だった。

「第一、第二の事故までは遺体の受傷状況から見て、若いオスグマによる多重事故の可能性が高いと思っていました。いずれも最初の強い一撃で致命傷を与えていたからです。ところがCさんのご遺体は発見まで5日を要したこともあり、その大部分が失われていました。その量を考えると、単独のクマによるものというよりは、複数のクマが入れ替わり立ち替わり、食害に参加したのではないかと考えるようになりました」

Cさんは山菜採りのベテラン

 Cさんは山菜採りのベテランであり、過去にクマと遭遇したことも何度もあったが、常に動じることはない「クマのプロ」(Cさんの弟)だったという。そのCさんをもってしても、事故を避けられなかったこと自体が、この一帯のクマが通常の状態ではなかったことを示唆しているように思える。

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 そのCさんがクマに襲われて亡くなったのは、行方不明になった25日のことだと思われるが、実はその翌日にも同じ田代平でクマに襲われた人がいる。

ツキノワグマ ©時事通信社

即席の槍でクマを撃退

【4件目の事故(被害者は生還)】

 5月26日朝7時ごろ、青森県おいらせ町在住のDさん(50代・男性)がタケノコ採りのために入山した。ちょうどCさんのパジェロ・ミニが停まっていた付近の笹ヤブに入り、クマに備えて爆竹やロケット花火を鳴らした。笹ヤブに入った途端に強烈な獣臭がしたが、やがて上の方でガサガサとヤブを漕ぐ音がした。パジェロの持ち主かと思い、すかすようにして見ると、人ではなくクマである。

 クマはゆっくりと近づいてきて、約1メートルの距離で対峙することになった。

 Dさんはたまたま胸ポケットに入れていたカッターナイフで応戦した。

〈カッターで3回、目を狙って切りつけたが、私が肘を引いただけでクマは先に私の動きを読んで素早くかわした。しかし3回目は右の目の下を少し切ったかもしれない〉(『人狩り熊』)

 背中を見せるとクマは襲い掛かってくる素振りをみせる。そこでDさんは後ろ手で手近にあった笹の根元を切り取ると、カッターで先を尖らせて即席の槍を作った。その槍でクマの顔面を数度突くと、槍は目の下に刺さり、クマはその場から逃走した。

 その間、20分ほどだったというが、Dさんの豪胆さには、目を見張るものがある。

 Dさんによると〈クマの鼻先に血糊のようなもの、額に白く目立つ傷(ナイキ・マークのような幅広の形)を確認した〉(「鹿角市におけるツキノワグマによる人身事故調査報告書」)という。

 鼻先の血糊のようなものは、このクマが前日にCさんを襲ったか、あるいはCさんの遺体を食害した可能性を示すものだったのか。

(文中一部敬称略)

羆を撃つ

伊藤 秀倫

文藝春秋

2026年9月25日 発売

次の記事に続く 「事態は収束しつつある」と思いきや子グマ2頭を連れた母グマと遭遇…死者4人をクマが食害した“連続襲撃事件”の深いナゾ