鳥取連続不審死事件で強盗殺人罪に問われ、死刑が確定した上田美由紀。逮捕から8年以上にわたる裁判の末、最高裁で死刑判決を受けた彼女が、確定の数時間前に面会室で記者へ向けた言葉は、誰もが予想しなかった"気遣い"だった。
留置所での取り調べは凄絶を極めた。連日、土日も休まず続く警察と検察の取り調べ。7か月間、休めたのは正月の1〜2日ほどだったという。上田美由紀は自らの手記にこう綴っている。
〈一日に何度か、持病のための薬を自分で注射器で打たないといけなかったのですが、その針をこっそり持ち帰り、私は、その針でウデに子どもたちの名前を彫りましたが、その跡がいまもうっすらと残っています〉
5人の子どもたちの名前を自らの腕に刻んだのは、死を覚悟したからだった。面会時に確認すると、注射針で彫った傷跡は、取材時点でもかすかに残っていた。
事件には口を閉ざしたまま、最後に見せた素顔
最高裁の死刑判決後、記者は再び上田美由紀と面会した。ペパーミントグリーンのTシャツに茶色の短パン姿で現れた彼女は、切羽詰まった様子もなく、ときおり笑顔をのぞかせた。
8年間の裁判を振り返り、「8年経ってもわけがわからない」と語った上田美由紀。しかし事件の真相を問われると、毎回同じように「それはお答えできません」と遮断した。「本当の私を知ってもらいたい」と言いながら、肝心のことには口を閉ざし続けた。
面会終了を告げるタイマーが鳴り、静かに立ち上がった彼女は扉に向かって歩き出した。そのとき不意に振り返り、帰宅が遅くラーメンで食事を済ませることが多いと漏らしていた記者へ向けてこう言った。
「夜遅いからってラーメンばっかり食べちゃいけんよ」
殺人の罪に問われた被告の顔と、赤の他人の食生活を気遣う顔。その数時間後、判決訂正の申し立ては棄却され、上田美由紀は確定死刑囚となった。そして2023年1月14日、収容先の広島拘置所でピーナツやキャラメルを喉に詰まらせ、窒息死した。事件の真相を知る術は、永遠に失われた。
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【本編はこちら】「このキズを残して死のうかと」腕には注射針で刻まれた“子どもの名前”が…寝技で男たちを死に追いやった【上田美由紀のその後】
