家族のこの幸せはずっと続くのか?

 私ががんにならなかったらこうした幸せは味わえなかったと思います。しかし、だから、がんになって良かったと言っているのではありません。「足し算の縁」、がんになってこんなことがあった、という貯金の一つが三男の料理なのです。

 しかも三男は、このことをきっかけに料理に目覚め、私が退院した後などは、妻が仕事に出ていると「今日の昼は僕がつくる」と言って、焼き飯や、野菜炒めなど作ってくれるようになりました。卵焼きの腕もさらに上がり、ふんわりとほのかに甘い卵焼きを作れるようになったのです。もはや「三男の味の卵焼き」です。

 一方、次男は黙っていても浴槽を洗い、台所の食器洗いも進んでやってくれるようになりました。スパゲッティ作りは次男の十八番です。

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 危機が訪れると家族は一つにまとまる、とよく言われますが、その実例を私は目の当たりにしました。正直、このうえなくうれしかった。

 ただ、一つ心配なことがありました。

「この幸せはずっと続くのだろうか?」

「退院したらみんな元に戻ってしまうのではないか?」

がんの告知で家族の中で一番の弱者に

 あれから半年、それは現実のものとなりつつあります。退院して2か月経って子どもたちは何かと「もう病気じゃないんだから」と言うようになりました。「都合のいい時だけ病気とか、がんとか言うんじゃないの」とも言われます。

「完全寛解」という診断で、子どもたちは「もう治ったんだ」と感じているようです。寛解を内緒にしていればずっと優しくしてくれていたかもしれない、などと変な後悔もしました。

 しかし、実を言うと、家族が優しくなった原因は私にあるのではないかと考えるようにもなったのです。

 病気になる直前の私は、家族からはあまり評判の良い夫・父親ではありませんでした。猛烈に働いて家にいる時間が短く、しかも、自分の生き方に自信があったので、素直に家族の言うことを聞くような父親ではありませんでした。

 しかし、がんを告知され、家族の中で一番の弱者となった私はとても素直になったそうなのです。

「みんなが変わったわけではない。あなたが変わったからなのよ」

 妻はそう説明してくれました。それが退院して、だんだん私が元気になってくると、「以前のお父さん」に戻り始めたようなんです。そういう時には私の言動で再び家庭内トラブルが勃発していました。

 がんになってせっかく新たな家族関係を構築できたのならば、これを崩壊させてしまうのはあまりにも残念なことです。