7つの情緒ある宿で人気の乳頭温泉郷。だがその最奥部、深い雪に閉ざされた谷底に「忘れられた8つ目の湯」が眠っている。氷点下の雪山で沢に転落し、全身ずぶ濡れになりながらの迷走——。あわや遭難の危機を乗り越えてたどり着いた幻の野湯「たつ子の湯」の幻想的な姿と、命がけの雪山アタックの一部始終をレポートする。
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乳頭温泉郷の宿は7つではなかった?
日本を代表する秘湯・乳頭温泉郷。秋田県と岩手県の県境付近、山間部に点在する7つの一軒宿があり、それぞれ異なるたたずまいで知られている。宿を変えながら連泊したり、日帰りで順々に訪ねたり。1年間有効の湯めぐり手形も人気だ。
その乳頭温泉郷の最奥部には、かつてもうひとつ温泉があったことを知る人は少ない。昭和の始めごろに閉鎖された「一本松温泉」だ。跡地では、宿が消えた今も温泉だけが湧き続けている。いわば皆の記憶から消えてしまった、知られざる“秘湯中の秘湯”だ。
今回はこの一本松温泉跡に残る野湯「たつ子の湯」を目指す。雪のない季節なら、乳頭山へ向かう登山道から少し外れるだけでたどり着ける好立地。しかし冬は別世界になる。全国有数の豪雪地帯だけに、1mを超える雪が積もれば登山道は完全に消え、沢も斜面も雪の下だ。
岩場で足を滑らせいきなり沢へ転落
訪ねたのは3月上旬。大釜温泉の少し先で車を駐車し、そこからは徒歩。ものの15分で、湯治場の風情を残す孫六温泉。宿泊棟と湯小屋の間を通り過ぎ、より雪深い場所へ。十分秘湯といった雰囲気だが、この先に「忘れられた」秘湯があると思うとワクワクする。
その奥に黒湯温泉。冬期は深い雪に閉ざされるため休業している。ここからいよいよ雪原へと足を踏み入れる。それにしても屋根に積もった雪の分厚さが凄い。
スノーシューを装着し、沢沿いを進む。本当に登山道なのか確信が持てない。15分ほど歩くと、斜面から白い噴煙が立ち上っている源泉地帯だ。立ち上る湯煙。地中で温泉が活動していることを実感させる光景だ。
雪壁を下り、沢を渡る。その時、凍った岩で足を滑らせ、「あっ」と声を上げる暇もなく、身体ごと沢へ転落してしまった。
氷のように冷たい水が一気に身体を包む。衝撃で外れた眼鏡が川面を流れてゆく。あわてて後を追い、どうにか眼鏡を回収。しかしパンツまで完全にずぶ濡れ。



