気温は氷点下。このままでは低体温症を招きかねない。雪山において「濡れること」は死に直結するリスクである。一刻を争う事態の中、一旦残した足跡をたどって車まで戻り、着替えてから再び山へ向かうことにした。
硫黄臭に誘われたのがワナだった
自分の足跡をたどり、30分ほどで元の場所へ。その先には目印らしいものはない。地図を見ても、雪に覆われた現地の地形と一致しない。なんとか目星をつけて進むと、砂防ダムが見えてきた。
砂防ダムを越え、さらに急斜面をトラバースすると、深く切れ込んだ沢に突き当たった。渡れる場所を探して上へ下へ。木の枝につかまりながらようやく対岸へ渡ったころ、鼻に刺さるような硫黄臭が漂ってきた。「温泉が近い」そう確信。ただそれが、迷走の始まりだった。
硫黄臭は谷の奥へ進むほど強くなる。野湯好きの血が騒いでしまい、スマートフォンのGPSで現在地を確認することもなく、「この先だ」と思い込んで進み続けてしまった。しかし、歩いても歩いても野湯は現れない。目印のない白銀の世界で、少しずつ感覚が狂っていく。
雪に閉ざされた谷を進む。温泉の気配だけを頼りに、「この先に野湯がある」と信じて歩き続けること40~50分。午後3時を過ぎ、ようやくGPSを確認したところ……。なんと、さんざん右往左往していたのは、たつ子の湯とは別の谷だった。
傾く冬の太陽に急かされながら撤退
冬山で午後3時はすでに遅い。白銀の世界が夕闇に沈み始める。ここから探索を続ければ、温泉探しどころか、本当に遭難しかねない。断腸の思いで引き返す。しかし帰り道も簡単ではなかった。
日没が刻々と近づく中、なるべく早く戻りたい。そう思い、ショートカットを試みるが沢に阻まれ、迂回してもまた沢。
結局、ここまで来た道を素直に戻ることを決断する。迷った時は、多少遠回りでも引き返すのが正解だ。木の枝につかまりながら谷を越え、雪壁を登る。ようやくトレースを見つけたときは、心底ほっとした。
車に戻ったころには、周囲は完全な暗闇。「あわや遭難」だった。
懲りずにリベンジするも再び
これほどの目に遭ってしまったら、普通は二度と同じ場所には行かないだろう。しかし筆者は懲りない野湯マニアだ。前回から約1年後の2月下旬、再びたつ子の湯を目指し、今回は黒湯温泉の駐車場から雪山に入った。
今度は、雪原には1本のトレース(先客の足跡)があった。先客がいるのかと少し残念に思ったが、道案内はありがたい。そう思ってその足跡を追う。



