30分、1時間と歩き続ける。ところが、どこまで行っても温泉の気配がない。トレースは谷からどんどん離れていく。おかしいな、谷底にあるのは確実なのだが……。

 そこで、ようやく気づいた。これは温泉へ向かうものではない。乳頭山へ向かう登山者のそれだ。そう気づいたときには、出発からすでに2時間以上歩いていた。やれやれ、またか。まさか今回も撤退することにならないよな。不安がよぎる。

ついに発見! だがどうやって近づくか

 引き返し、今度こそ温泉のある方を目指す。やや高くなった場所を歩いていると、はるか眼下の谷底に、青い小さな水たまりのようなものが見えた。

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深く切れ込んだ谷の底に見えるたつ子の湯

 あれだ! しかし、谷は深く切れ込んだV字谷。雪壁は急峻で上から直接降りることはできない。上へ下へと何とか降りられそうな場所を探す。

スノーシューを履いていても氷雪の沢歩きは極めて難しい

 結局、登ってきたルートの4分の3ほどを引き返し、ようやく谷へ下りられる場所を見つけた。そこから先は、氷雪の沢歩きだった。雪まみれになりながら、一歩ずつ進む。そしてついに、それが目の前に現れた。

谷間に見えた「たつ子の湯」

 やっと「たつ子の湯」にご対面。2年越しの探索でようやくたどり着いた。

雪の中にエメラルドブルーの絶景

 そこには、かつての温泉宿の面影はもちろん、往時をしのばせるものはほとんどない。ただ、周囲には草木が少なく、温泉ガスの影響を思わせる裸地の中に丸い湯船跡がぽつんと。

 雪山の静寂の中で、温泉の生命力を感じさせる神秘的な光景だ。まるで雪山の中に浮いているような湯だまりは私を誘うように、ほのかな湯煙を上げていた。

温泉は湯船の底から自然湧出

 湯船の底からプクプクと湯が湧いている。少し青みを帯びた無色透明の湯。雪山装備で固めた衣服を脱ぎ捨てて、さっそく身体を沈める。湯をかき混ぜると、底に沈んでいた湯泥がふわりと舞い上がる。透明だった湯が、ゆっくりと乳白色に変わっていく。

 苦難を克服した身体を湯が優しく包み込み、心底から癒やされていく感じを覚えた。身体を湯に預けながら思った。「来てよかった」。心の底から自然に湧き出した一言だった。

1年越しの念願を叶え思わずガッツポーズ

 雪の野湯に身を沈める。冷え切った身体を包み込む温泉。苦難の末にたどり着いた一湯は、まさに「天国」だった。

【注記】
※野湯の訪問には、重大な事故や命を落とす危険を伴います。訪問の際は、万全の備えと情報収集、安全第一の行動と迷ったら撤退する勇気を心がけてください

(写真:瀬戸圭祐)

INFORMATION

【データ】
 住所 秋田県仙北市田沢湖生保内
 アクセス難易度 グリーンシーズン ★☆☆☆☆/積雪期 ★★★☆☆
 湧出量 適量
 湯温 高温

次の記事に続く 東京・式根島の断崖絶壁、干潮のわずか1時間だけしか現れない…都心から3時間、都の離島に眠る“到達最難関のヤバすぎる野湯”を訪れてみた