内田也哉子さんがさまざまなゲストにパートナーシップについて聞く本連載。今回のゲストは、作家の阿刀田高さん。昨春、60年間連れ添った妻を見送り、現在は91歳で独り暮らしをされています。晩年は認知症を患っていた妻との思い出を振り返りつつ、阿刀田さんが語るパートナーシップとは? 『週刊文春WOMAN 2026秋号』より一部を抜粋、ご紹介します。

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内田 阿刀田さんにとっては、小説家になったのはセレンディピティであったわけですか。

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阿刀田 そもそも小説家になろうと思っていなかった。というより、なれると思わなかったんです。ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』とか読んでいると、相当立派な考えを持っていないと小説家なんかなれないと思いますよ。だけどふと、推理小説というのはあまり立派でなくてもいいと気づいたんですね。

写真:内田也哉子

人生にほんのちょっといいことがあればいい

内田 推理小説、ミステリーほど知的なレベルが高いものはないと思いますが。

阿刀田 知的な遊びではありますけれども、立派でなくていいんです。アガサ・クリスティなんか、探偵自身が殺人犯だったりするじゃないですか。天下国家を論じたり、国が良くなるようになんていう動機では書かれてないんです。松本清張は社会正義を貫く推理小説を書いたんで、邪道なんです(笑)。

 私は大学時代に肺結核にかかって、1年半近く療養生活を送ったんです。友人たちが留学する、新聞記者になって頑張ると言っている中で、自分は3カ月に一度レントゲンを撮って「化学療法が効いてきたね。じゃあまた3カ月後に」と言われる。その繰り返しだったので、俺の人生はそんなに高いことを望んじゃいけない、ほんのちょっといいことがあればいいと思うようになりました。

内田 そんなお若いうちに。

阿刀田 あれは「悟った」という言葉がふさわしいですね。その間に欧米の短編小説をめちゃくちゃ読みました。そしてロアルド・ダールに巡り合いまして。

内田 イギリス生まれの短編小説家ですね。007の脚本も手掛けた。

阿刀田 ダールのような短編を書こうと思い、書いてみたら推理作家協会賞、直木賞と、とんとんと宝くじに当たったようなもんですよ。

44歳、直木賞贈呈式で。妻の反対を押し切り、国立国会図書館を退職してから7年が経っていた。 ©文藝春秋

内田 『90歳、男のひとり暮らし』に書かれた「今日もまあまあ。それでいい」という哲学は、90歳になって思われたわけではないのですね。

 先ほど、奥様とは「なんとなくくっついた」とおっしゃいましたが、阿刀田さん的な表現なんだと今、よく分かりました。でも、決め手はあったんですよね。