清水邦広に「何やってんだよ」と怒られた“世界基準”のプレー
2014年、大学1年の時から本場イタリア・セリエAでプレーする石川は、海外での経験を日本代表に還元することで、選手たちの常識を変えていった。石川が代表に入って間もない頃のエピソードを、小野寺は思い返す。
「当時のチームでは二段トスを上げる時に『身体を向けた方向に上げる』というのが決まりだったけど、石川は『世界ではこうだから』と背中の方向に上げた。もちろんその時は福澤(達哉)さんや清水(邦広)さんに『何やってんだよ』と怒られたらしいんですけど(笑)、でもそれも今となってはただの固定観念だった。前だろうと後ろだろうと、ブロックが3枚から2枚になれば決まりやすい状況ができる。その発想を“当たり前だ”と浸透させたのが石川で、結果として見せていったから、後になってから清水さんも『お前が合ってたわ』と笑い話にできた。そうやって、日本代表を明るく変えていったんじゃないかな、と思うんです」
五輪本番までに2年の準備期間を得たことは、現在世界ランク5位でメダルを十分射程に捉える日本にとって大きなアドバンテージを得たことになる。石川がさらに明るく、強くしたチームがロスの表彰台に上がった時、日本の男子バレーは真に復活を果たすことになる。
フリーライターの田中夕子さんによる、10月9日発売の月刊文藝春秋11月号、および月刊文藝春秋の電子版「文藝春秋PLUS」掲載の「石川祐希 日本バレーを変えた男」では、小野寺のほか愛知・星城高時代の恩師・竹内裕幸氏の証言で、石川の海外挑戦秘話や、学生時代の石川が見せた「もう一つの顔」にも迫っている。