守田 逮捕/不逮捕をめぐっては、警察内の葛藤や判断の過程を本書にも書いていますが、飯塚氏が逮捕されないことへの不満から、警察には3日で約600件の抗議の電話があったと捜査員から聞いています。
「上級国民」は、東京五輪のエンブレムを巡る疑惑が持ち上がった2015年に、五輪組織委員会が記者会見で「一般国民にはわかりにくい」と発言したことへの反発から、SNSなどで皮肉として広まった言葉ですよね。
その後、既存の権力や勢力に対する社会の不満が高まっていった。そうした中で起きた事故でした。
私は、参政党の台頭など日本が右傾化していくプロセスも取材しています。格差問題について派遣労働者の取材をした時、メディアは、この人たちの声と全然向き合っていないことを痛感しました。自民党も既存の野党も選挙で負けてしまう予兆がそこにあった。
池袋暴走事故への社会の反応は、そうした分断の可視化だったと思っています。
〈被害者遺族―加害者〉という二項対立では語れない事件だった
――被害者遺族もメディアを遠ざける時代です。本書によると当初、松永さんはマスコミへの不信感を抱いていた。けれども守田さんは結果的に、100回以上取材する関係を築いています。
守田 私があまり同情的な取材をしていなかった、というのが大きかったように思います。テレビ局員でありながら、メディアを冷めた目で見ていて、被害者取材のあり方にも疑問を持っていた。というのも、松永さん自身が言っていることですが、彼は同情してもらいたくて、メディアの取材を受けているわけではないんです。
多くの事件報道は、遺族を“かわいそうな人”として取り上げ、視聴者に感情移入してもらうことで社会の共感を求めていくのが、典型的な形としてある。そこでは、〈被害者遺族―加害者〉という二項対立の中で、被害者の姿が中心に描かれます。
けれども、池袋暴走事故はその構図で捉えられるものではない。この事故は、高齢ドライバーの問題や当事者・家族への誹謗中傷など、現代社会の様々な問題が凝縮しています。そうした事故の実相を取材して社会に向けて報じたいという私の熱意が、松永さんに伝わったのではないでしょうか。
――守田さんの妻も大きな交通事故に遭ったことがあると本書に書かれています。
守田 自分の妻の事故について話したことが、松永さんに響いたところは確かにあると思います。ただ、記者というのは自分の経験に拘束されることなく、純粋に何が問題なのかを見極めていくべきだと考えています。

