――池袋暴走事故の発生直後の空気を、本書に「当事者よりも第三者の方が、苛烈な処罰感情を持つ。当時はそんな雰囲気に満ちていた」と書かれている。松永さんは再発防止のために刑罰を求めているのに対して、世の中はそうでなかった。

守田 松永さんは、自分の記者会見などが結果的に世の中の飯塚氏への誹謗中傷を惹起し、それが激しくなればなるほど、自分が望む再発防止の議論が阻害されてしまうことや、妻の真菜さんと娘の莉子さんを亡くした事故の本質から離れていくのを感じていました。

 そうした中で松永さんは、飯塚幸三氏本人や彼の家族と対話したいとの思いが強くなっていきました。

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飯塚幸三氏 (計測自動制御学会HPより)

「妻と娘を殺された者」と「殺した者」の長男との対面

――『池袋高齢者暴走事故』では、松永さんと飯塚氏の長男の対面がひとつの山場です。禁錮5年の実刑判決を受けた飯塚氏が刑事施設に収監中にそれは行われます。二人の対話は3時間。結構な時間です。

守田 そうですね。松永さんと飯塚氏長男、各々と何度も会ってきて、この二人だったら3時間くらい話ができると思っていました。

 同時に、いわば「妻と娘を殺された者」と、「殺した者」の長男が直接話し合えば、どちらかの一言をきっかけに口論になってしまう恐れもある。それでも、二人が本音で話し合うことで、何かが生まれるのではないか、そういう思いで松永さんと飯塚氏の長男の対話を行いました。

妻・真菜さん、娘の莉子さん  

 その時は、まず獄中にいる飯塚氏からの手紙を読みながら話をしてもらいました。松永さんは、そこに書かれる後悔や反省を、飯塚氏の心の中に留めて終わりにしたくない、この思いを社会に伝えていきたいとの思いを語ります。その後も、二人はずっと話を続けて、盛り上がっていきました。

――二人とも技術者で、松永さんは事故後に自動車について勉強し、長男はドライブレコーダーに記録された事故の映像を独自に分析していた。

守田 松永さんが「こんなに深い技術的な話をしたのは初めて」と漏らしたりするのですが、そればかりではなく、報道や裁判のことなど、お互い、抱え込んできたものがあったと思う。事故の原因を車の異常だと主張する父親に対して、長男は早くからアクセルの踏み間違いだと確信していた。それなのに父はそれを認めてくれなかった。あるいは事故についての報道への思いなど、いろいろある。

 そうしたものを、堰を切ったように二人が話し続け、〈被害者遺族―加害者家族〉の対立関係を超えた対話ができた感じです。

――飯塚氏の車の直ぐ側をバイクで走り、事故後は現場で安全のための交通誘導をした人物を取材しています。その箇所で、その人は、浜田麻里の武道館コンサートに行く途中だったと記述される。新聞なら削るディテールですが、これによって、目撃者に人格を与えていると思いました。

守田 そこまで書くのは、池袋暴走事故をしっかり記録したかったというのがあります。

 多くの事故の報道は、その日に取材して、その日のうちに「今日、こんな事故に遭った人がいる」と放送して、終わりです。しかし、被害者や加害者はもちろん、そこに居合わせた人を含めて、一人ひとりにそれぞれの人生がある。今までの人生があって、これからの人生がある。

 それを書くことで、誰しもがある日突然、事故に遭うかもしれない、その場に居合わせるかもしれない、そんなことを読者に感じてもらいたかった。