――被害者遺族の松永氏も誹謗中傷に遭います。
守田 松永さんは、交通事故の被害者遺族の置かれた現状を知ってもらいたいとの思いから、取材を受けたり、テレビに出たりします。誹謗中傷する人たちは、その姿を見て、彼は承認欲求を満たすためにやっているんじゃないかと疑いをかけて、叩くんです。“悲劇のヒーロー”の足を引っ張ってやろう、目立っている人間を炎上させてやろうとする。
その時、彼らは遺族支援団体への寄付金や、民事裁判での損害賠償など、ありとあらゆる金銭にまつわることをネタにする。しかし、そうした活動を行うには費用が生じますし、賠償金を使うことに罪悪感を覚え、使えなかったりする。それが実像なんです。
飯塚氏の長男であることの責任を取材中に感じることが…
――本書では敬称を省略しています。被害者遺族の松永さんも「松永」と記述される。これによって、被害者遺族の「松永」と加害者の「飯塚幸三」を等距離で書いたノンフィクションになっている。テレビ報道だと、「容疑者」や「受刑者」「元受刑者」と付けるなど、放送である手前、特有の作法や縛りがあるため、書籍ならではの表現技法として読みました。
守田 それはその通りで、テレビの放送には尺や情報量の制約もあるし、報道番組の作法というかプロトコル(報道の規範)があるわけです。『池袋高齢者暴走事故』はそこから離れ、一人の記者として人間として、この事件と事故と向き合って記述することが出来ました。
それに映像はインパクトが強いですから、それだけでニュースが成立してしまうところがある。けれども私は、映像の強さに頼ったり引っ張られたりすることなく、文字という自分の理性でコントロールできるもので表現したい、自分に引き寄せて表現したい――そういう思いがあった。だから、池袋暴走事故をまとめるにあたり、ドキュメンタリーではなく、文章による表現、つまり書籍という形を選びました。
――飯塚氏の長男は、父親を見捨てて逃げなかった。たとえば事故後に入院した飯塚氏が退院する時、自宅のまわりにはマスコミがいるので、長男はウィークリーマンションを契約する。ところが、入居者名が「飯塚幸三」であるために急な工事を理由に取り消された。社会から締め出される感情が湧いたと思う。それでも逃げなかった。
守田 孤立感と絶望感の中で、よく父親の面倒を見続けたと思うんですよ。取材する立場の私が言うのも変ですが、松永氏との対話についても、炎上の恐れがあるため、家族は反対した。それでも、自分をさらけ出すようにして、それを受けた。
その強さの源泉は何なのか。責任感と言うのが最も、的確かもしれないです。社会に対する責任、それと一家の長男であることの責任を取材中に感じることがあった。飯塚氏が亡くなったあと、松永氏と長男とともに墓参りしたのですが、その時、名代という言葉を彼は発したんです。そのことが印象的でした。
