――『池袋高齢者暴走事故』には、捜査員の飯塚氏の長男に対する心配りや敬意を感じさせる証言があります。

守田 そうですね。警察の捜査は、被害者や遺族の無念を晴らすという側面もあると思いますが、警察官は加害者と向き合い、また事故によってその家族が崩れていく様も見ることにもなるんです。

 捜査関係者は、飯塚氏の長男が、事故原因について父親が主張する車の異常でなく、アクセルの踏み間違いだと確信し、それを認めるよう父親を説得していたのを見ている。彼らの多くは、踏み間違いだと認めない父に対する長男のつらさを感じ取っていました。

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飯塚幸三氏の実況見分時(撮影=吉田暁史)
 

「上級国民」と呼ばれた人物の正体は

――本書の15章の章題は「『上級国民』飯塚幸三の生涯と死」です。誰もがその名を知りながら、どんな人生を送ったのか、よく知らない。そんな人物の生涯を書きます。

守田 世の中に流布している飯塚氏のイメージ、たとえば、旧通産省の技官であったことから「上級国民」と呼ばれるなどした人物像は、誤ったものではないか。もちろん彼は2人が死亡し、9人が重軽傷を負う事故を起こしたのは事実としてある。一方でメディアの報道が結果的に、誤った飯塚氏の像を結ぶのに関与したのではないか。そういう問題意識があります。

 飯塚氏の長男を取材できている記者は、実は私だけなんです。だから飯塚幸三とは、どんな人物であったのか、その実像を報じることは私にしかできない――そういう思いがありました。

 飯塚氏は2024年に亡くなりますが、残された家族は一生、十字架を背負っていくと思う。現実はそうだとしても、果たしてそれでいいのかとも思うんです。やはり何らかの楔を打たないといけない。『池袋高齢者暴走事故』を書くにあたり、それをしないことには、私自身、記者として後悔するんじゃないかと思いました。

――悪とされる人物を取材して記事にするだけで、味方をしていると見なされる時代です。Yahoo!掲示板などでは「そんなやつの言い分を聞く必要なし」といった書き込みがあふれる風潮にある。

守田 記者は、相手がどんな悪人でも、まずその人物の考え方を理解しないといけない。相手の主張に共感するかどうかは別の話であって、何故そうした主張をしているのかを理解するためには、その人物がどういう人間なのかをファクトとして知らなければならない。というのが私の考えです。