「ほな少し買うてみるか」
「うちのお客さんに毎日のように大和が営業をかけてくるんだ。『山一はもう持ちません』『預けた資産が危ないですよ』って不安にさせてな。俺らは『そんなことありません』と言うしかないけど、たいへんだよ」
ライバル会社なのだからそこを切り崩そうとするのは当然だ。ただ、弱みにつけ込むやり口に反発心があったし、山一を助けたいという妙な義俠心を抱いていた。
私が力説するのを穏やかに見守りながら、神山さんは言った。
「ほな少し買うてみるか」
こうして私は神山さんから山一證券株150万円分の注文を受けた。
山一に万一のことがあっても、業界では「最後は救済される」という見方が支配的だった。神山さんに迷惑をかけることはない。そう考えていた。
そのまま3連休に入り、土曜日の朝を迎えた。日経新聞を開いた私は凍りついた。
[山一証券 自主廃業へ]
一瞬意味が理解できず、寝ぼけているのかと思った。何度も見出しを読み返したが、もちろん文字が変わるはずがない。
「申し訳ありませんでした!」
4大証券の一角である山一が消える。そんなことが本当に起きるのか⋯⋯。
頭の中に神山さんの顔が浮かび、血の気が引いた。
「まずい⋯⋯」
この日は土曜日で仕事は休みだが、そんなことは言っていられない。私は慌ててスーツに着替え、そのまま神山さんの自宅へ向かった。呼び鈴を押す指が震えていた。応接室へ通されると同時に床にひれ伏した。
「申し訳ありませんでした!」
神山さんは苦笑した。
「いきなり土下座せんでもええやろ。まあ座れ」
怒鳴られる覚悟だったが、神山さんは先日と同じく穏やかだった。
「心配せんでも入金はする。でも、ひとつ聞きたい。キミは日興の人間やろ。なんで山一を勧めたんや」
返事に詰まった。事情を説明すると神山さんはしばらく黙っていた。
「お客がキミに求めてるんはなんやと思う? キミを応援したいから口座を作って株を買おうとしたんや。山一の営業マンを応援したいわけやない」