4/5ページ目
この記事を1ページ目から読む
気になっていた横穴を調査すると…
隧道内は歪な形をしていて、大きく出っ張っている箇所も多い。明らかに危険な出っ張りには、危険を示すためか蛍光色のスプレーで色がつけられていた。
そして、気になっていた横穴を調査する。
横穴は車が入れるサイズではないが、人が立てるほどの高さはある。
数m四方の空間があるだけで、“ビン”と書かれた看板が立てられている。状況から、横穴は戦時中に防空壕として掘り増した空間で、その後、資源ゴミ置き場として使っていたのではないかと推測する。
トンネルを抜けたところで、近隣の住民に聞き込みを行った。
岩谷隧道が造られたのは戦前の話で、当時の住民たちが自分たちで掘ったのだという。そのため、お金も労力もかけられず、ギリギリの幅と高さになったそうだ。当時の車道といえば荷車が通る道のこと。自動車が通ることを想定していなかったという事情もあるのだろう。
隧道は東西両側から同時に掘り進められた。西側は比較的掘り進めやすかった一方、東側は岩盤が固く工事は難航。岩を避けて掘り進めた結果、下の方へと進んでしまった。その結果、上下にズレが生じ、東側から掘り進めた天井と、西側から掘り進めた路面が貫通。西側を掘り下げて段差を補正した結果、西側の天井が高くなったそうだ。
その後、掛川市に移管されて市道となり、特に崩れやすかった東側の坑口がコルゲートで補強され、現在の形となった。





