16歳で単身、鹿児島を出て…沖縄で一人暮らし
――かなり早くに親元を離れられたそうですね。
棈松 はい。16歳で単身、鹿児島を出て沖縄に行きました。沖縄では料理の勉強をさせてもらいました。高2の始めくらいだったかな。それまで厳しい公立高校に通ってはいたんですけど、退学になっちゃって。
――退学は、トゥレットと関係があったんでしょうか?
棈松 そのころ、チック症をコントロールできない自分とずっと葛藤してて、そこからちょっと素行不良になってしまったんです。自分の居場所を探して、毎日なんかずっとモヤモヤして。
――行き先に沖縄を選んだ理由は?
棈松 選択肢として沖縄が一番条件がよかったんです。料理をやりたくて、でも当時、高校中退で入れる料理系の専門学校が鹿児島にはなく。沖縄にはあったし、調べたら学費も一番安かったんです。
――沖縄ではひとり暮らしを?
棈松 ひとり暮らしでした。学校に行きながらラーメン屋でバイトして。1年学校に通ったタイミングで調理師免許を取りました。
――症状があることで、調理には危険は伴わないんですか?
棈松 僕は運動チックはあまり強くないんです。やっちゃいけないこと、例えば熱い鍋とかフライパンを触りたくなることはたまにあったんですけど、それ以外は全然ないです。
――沖縄では何年くらい過ごしたんでしょうか。
棈松 4年いましたね。1年学校に通い、あと3年は仕事してました。沖縄料理とか、ステーキ屋さんとか。あとはホテルでも働きました。その後ちょうど20歳ぐらいのとき、愛知県に移りました。沖縄の居酒屋さんで働いていたときに知り合って遠距離交際してた相手が愛知の人だったのでそちらに移って、一緒に暮らしながら2年間、車の工場に勤めました。
――そのまま、現在まで愛知県住まい?
棈松 1年だけ、飲食系の仕事で福岡に行きました。このときのことを、どこまで踏み込んでお話しするかと考えたんですが……。実は、福岡に行った頃、トゥレット症がきっかけで喧嘩になることも多くて、3回ぐらい揉め事になったんです。
――つらい経験ですね。ご自身の中で葛藤があったのですね。
棈松 誰もが一度目の人生を生きているわけで、そもそも毎日が未知の世界じゃないですか。だから、みんな不安だと思うんです。さらにそこに、トゥレットっていう、ちょっとイレギュラーすぎる病気が入ってくると、生きていくのって、マジで難しいんです。
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「生きていくのって、マジで難しい」と語る棈松さん。トゥレット症を抱えながら、人との関係に悩み、自分自身とも葛藤してきた。第2回では、そんな棈松さんが「一番つらかった」と振り返る20代の“暗黒期”をたどる。
撮影=細田忠/文藝春秋
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