介護のため実家に戻った男性のケース

 都内で暮らしていた会社員の男性には、実家で母親と同居する姉がいました。母親は女手一つで二人を育て上げ、「絶対に施設には入りたくない。住み慣れた家で死にたい」と口癖のように言っていたそうです。子どもたちは、その希望を叶えることこそが親孝行だと信じて疑いませんでした。やがて、母親が認知症を患うと、介護を担った姉が無理を重ねて倒れてしまいます。

 そこで男性は介護休業を取り、使命感に燃えて姉の代わりに介護を引き受けました。介護休業後は実家へ転居し、リモートワークで両立を図りましたが、24時間の介護に追われて、休暇・休業もすぐに使い切ります。結局、両立は叶わず退職を選びました。男性は介護という底なしの沼にどっぷりと浸かってしまっていたのです。

 献身的な介護によって母親の身体はすこぶる健康でしたが、認知症の症状と息子への依存は強まる一方でした。ケアマネジャーから施設入居をすすめられても、男性は「母がかわいそうだから」「お金がないから」と拒み続けました。

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 そして、ついに限界が訪れます。母親は急遽、ショートステイに担ぎ込まれました。ところが、これまで一切介護のサービスを受けてこなかった母親は、環境の変化に混乱し、職員に向けて杖を振り上げ、けがをさせてしまったのです。報告を受けた男性は、謝罪するどころか、こう不満を漏らしました。「自分はこんなに頑張っているのに、行政は何もしてくれない。一体、何のための制度なんだ」

 この男性の言葉の背景には、制度の目的についての誤解があります。介護保険は、家族が安心できることを前提にしたものではありません。「高齢者が自分の意思で自立して生きる」ことを支えるための仕組みです。この姉弟は、もっと早い段階でお母様をプロの手に委ね、制度を適切に使うことで、自分たちの暮らしを守るべきだったのです。

『介護前夜の教科書』より(マンガ/すぎやまえみこ)

 また、たとえば「区分支給限度額が足りない」と感じるのは、往々にして家族の「もっと世話をしてほしい」という不安が優先されているときです。しかし、サービスを過剰に取り入れて親が「自分で考える機会」を奪ってしまうことは、必ずしも親の幸せにはつながりません。

次の記事に続く 「あなたの人生も、親子関係も壊れてしまう」介護の問題を「家族だけで解決する」のが“あまりに危険”な理由