ところが、今回の新人は、先輩がやり方を教えてもなかなか頭に入らず、一緒にマニュアルを見ながら解説しても理解できない。その挙げ句に、『あんなマニュアルじゃ意味わからない』とか『教え方が悪い』『先輩に意地悪される』などと先輩のことを責め立てるんで、職場の雰囲気が悪くなってしまい、みんな困ってるんです。
なんでわからないんだっていうのに加えて、なんであんな歪んだ見方をするんだろうって疑問だったんですけど、認知能力が低いために理解できない、そしてメタ認知が働かないため、理解できないのは自分に問題があるって思わない、それでマニュアルが悪い、先輩が悪いっていうふうに被害者意識をもっちゃうんですね」
このようなことは日常のあらゆる場面で起こっているはずである。
分数や割合がわからない大学生も…
以前から、分数がわからない大学生や%(パーセント)の概念がわからない大学生が出てきたことが話題になっていた。つい先頃は、足し算や引き算を教えている大学がけっこうあるから大学を減らすべきだと財務省が指摘したのに対して、文部科学省が「そうした現状があるとはいえ大学が地域活性化に貢献している面もあるし、大学を減らす議論にすぐに結びつけるべきでない」などと反論したことが話題になった。
いちいち計算する必要がなくなり、暗算する機会もなくなったから、計算も暗算もできなくていいという人もいるが、頭の中で知的操作をする機会がなくなれば、当然ながら頭の中の知的操作機能は発達しなくなる。
ナビに頼ることで頭の中に認知地図ができなくなり、さっき来た道を戻るなど簡単なことのはずなのに、ナビに頼らないと戻れない人がいる。認知地図などできなくてもいいではないか、ナビがあればいいのだからという人もいるが、それは認知機能を鍛える機会の喪失とも言えるのではないか。
スマホなど便利な機器を日常的に使い、電話番号も予定も行先の住所や場所もいちいち記憶する必要がなくなったために、非常に便利になった。だが、それによって記憶機能が鍛えられにくくなっていることが、つぎに見ていく事例からもわかるのではないか。