「ちょっと不良で文学的」な90年代の渡部篤郎

 振り返れば、渡部篤郎が注目されたのは、ドラマ『青春の門』(1991年)や映画『橋のない川』(1992年)といった文芸ものだった。評価が大きく高まったのは、伊丹十三監督の映画『静かな生活』(1995年)。この作品で日本アカデミー賞の優秀主演男優賞と新人俳優賞を受賞し、演技派として注目されるようになった。大江健三郎の家族をモデルにした作品で、渡部は大江の長男・光をモデルにした、障がいをもつ息子イーヨーを演じた。

「リアルな障害者と純粋な魂の持ち主とを共存させる渡部の演技に非の打ちどころはなく、光を含む大江一家にも認められたほど」と『アクターズ・ファイル 渡部篤郎』(2000年、キネマ旬報社)内、出演作データに書かれている(作成:山下慧)。その後、岩井俊二監督の『スワロウテイル』(1996年)も話題になった。

 90年代に出てきた彼は、ちょっと不良性があり、それが文学的なにおいを放つ俳優として重用されたように思う。70年代に連続ドラマ『傷だらけの天使』をやっていた頃の萩原健一や水谷豊の系譜である。泉谷しげるは00年代の渡部を「渡部は生意気だよな(笑)。役者たるもの、生意気じゃないとダメなんだけれどね」(「アクターズファイル渡部篤郎」より)と語っている。

ADVERTISEMENT

映画『ケイゾク』初日舞台あいさつの渡部篤郎(2000年) ©時事通信社

 そんな彼が、場を読み取る技術の人でもあると知ったのは、2006年にフランスに単身渡航し、マルグリット・デュラスの『La Pluie d'été à Hiroshima』(日本では「ヒロシマ・モナムール」として知られている)に出演したときだった。

 筆者はアヴィニョン演劇祭に取材に行った。廃墟の教会を劇場として使い、天井もなく、外の雑音も聞こえてくるような、声の響かせ方が難しい場にもかかわらず彼は器用に声を届かせていた。その場に立って、どういるべきか、把握する力に長けているのを感じたものだ。芝居を見てその舞台度胸がすごいと感想を述べた筆者に、渡部は舞台裏を多く語らず、にこにこと微笑んでいた。ただ“「劇場で事前に声を出してみて、声が通りにくい方角は捨てた」と言った渡部の割り切りの良さには驚かされた。”と筆者は当時のインタビューで書いた(キネマ旬報社『acteur』12年7月号より)。

 そんな、クールでスマートな渡部篤郎がユーモアをまといはじめたのは、2010年以降で、2014年の『ビター・ブラッド〜最悪で最強の親子刑事〜』あたりからだった。

 佐藤健と組んだ親子刑事もので、渡部が演じる父親のあだ名は「ジェントル」。これまでの渡部自身のイメージをネタにして、親しみへと転化させた。近年は、男性用かつらのCMに出たり、Netflix『ダウンタイム』では「神の手におまかせあれ」と人差し指をカメラに向けるカリスマ美容整形外科医を演じたりと、警察関係者や上司以外の役も増えている。