海外で働き独立して年収1億超えのすし職人も

――日本のすし職人が海外で働いた場合、どの程度の収入を得られるのでしょうか。

福江 日本で2~3年の経験を積んで海外へ行けば、米国では年収1000万円が入り口になるでしょう。1500万~2000万円程度を得る人も珍しくありません。

 以前は海外のすし店というとロールずしが中心でしたが、現在は日本式の握りをカウンターでコースとして楽しむ「おまかせ」が広がっています。ニューヨークでは1人20万円を超えるコースもあり、そうした高価格帯の店を任せられる職人は、年収も高くなります。円安も円換算の収入を押し上げる要因の一つですが、現地でのすし職人の評価そのものが高まっているのです。

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写真はイメージ ©AFLO

 海外で年収1000万円は、もう特別な話ではありません。東京すしアカデミーのある卒業生は、すしバブル前に銀座の店で2年間働いていた間は握りを任されず、年収も約300万円でしたが、ニューヨークへ渡ると年収が約600万円となり、店長になって年収1000万円を超えました。それから独立して2年目で年収約8000万円。

 26年6月時点では、自ら運営する2店舗と、プロデュースする2店舗の計4店舗から得られる収入で年収1億2000万円に達したと聞いています。

「見て覚えろ」の徒弟制度が長すぎたすし業界

――今もすし職人は足りないのですか?

福江 足りません。

――待遇が良くなっているのに、なぜ足りないのでしょうか。

福江 「見て覚えろ」という徒弟制度に依存してきた年月が長過ぎました。

 かつては高校を卒業して店に入っても、最初の数年間は出前や雑用ばかりで、魚に触らせてもらえないことも珍しくありませんでした。一人前になるまで10年以上かかり、個人店では親方の傍らで15年、20年と働き続ける人もいました。

 厳しい上下関係や住み込み生活に耐えられず、3カ月ほどで辞める若者も多くいました。それでも昭和から平成の初めまでは、翌年に別の高卒者を新卒で採用し、補充できました。

 しかし、少子化が進んだ00年前後から、この補充モデルが成り立たなくなり、客が来ても職人不足で店を回せない状況が出てきました。

 しかも、調理師専門学校はだいたい、和・洋・中を満遍なく学ぶか、フランス料理に特化したコースがあるくらいで、すし職人を体系的に育てる場がほとんどありませんでした。

 私は1995年から、すし店の経営コンサルティングに携わり、採用と教育の問題に危機感を抱いていました。そこで2002年6月に東京すしアカデミーを開いたのです。

 当時は「そんな短期間ですしの技術が身に付くはずがない」「学校に金を払うのは無駄だ」と、業界から強い反発を受けました。

 それでも、いまや卒業生は約6000人に近づき、国内外のすし店から求人が寄せられています。短期間で合理的に基礎を身に付ける仕組みが求められる中、時代を先取りする形になりました。今では「よくあの時期に目を付けられましたね」と感心されます。