2023年にTBSを退社し、フリーアナウンサーとして活動している山本里菜さん(32)。今年10月に初のフォトブック『りな、です』(講談社)を発売するなど、活躍の幅を広げている。

 そんな山本さんに、CAに憧れていた学生時代、アナウンサーを目指したきっかけ、熱愛報道後の安住紳一郎アナウンサーの“優しすぎる対応”などについて、話を聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)

山本里菜さん ©山元茂樹/文藝春秋

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子ども時代は負けず嫌いで目だちがり屋の優等生

――小学生時代から、優等生だったそうですね。

山本里菜さん(以下、山本) そうだったかもしれないですね。多分、負けず嫌いなんだと思います。勉強もですし、スポーツも、学校の行事もですけど、何でも一番じゃなきゃ嫌な自分がいて。

 小学生の頃から、みんなの前に立って何かをしたいという気持ちがあったので、負けず嫌いで、目立ちたがり屋だったと思います。

――中学校には、首席で入学されたんですよね。

山本 そうです。中高一貫の学校に入って、入学式のときに新入生代表の挨拶をさせてもらいました。中学受験、頑張った甲斐があったなと。

 でも、入学当初はかなり天狗になってしまって。

高校のときは生徒会長に…周りから感謝されるのが心地良かった

――天狗に。

山本 調子に乗っていたというか。でも、周りの友だちが優しくて、ダメなことはダメと言ってくれる人が多かったので、高校生くらいからは少しずつ大人になっていったと思います。

 ただの目立ちたがり屋だったんですけど、高校のときには生徒会長を務めて。すごく楽しかったですし、自分で率先して活動することによって、周りのみんなから感謝されるのが心地良かったですね。

学生時代の山本里菜さん(本人提供)

――部活には入っていたのですか。

山本 ダンス部でした。部長ではなかったのですが、部活の中でも、みんなを引っ張っていくポジションではありましたね。

――竹下通りで芸能事務所からスカウトされた経験もあるそうですが、中高時代からメディア業界に興味があった?