待ちに待った今年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作が、ついに劇場公開! 祖国のプロパガンダに抗った教員が撮ったのは、陰鬱で、可笑しく、悲しく、そして故郷とその人々に対する愛に満ちた傑作でした。
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今週のターゲット『プーチンの愛国教室』
〈あらすじ・概要〉2022年2月のウクライナ侵攻後、プーチン大統領が始めた「未来の兵士」を育てるための愛国教育。その様子を約2年間つぶさに撮影した告発ドキュメンタリー。ロシア国内では上映禁止、パヴェル・タランキン監督は国家反逆者として事実上の国外追放を言い渡されている。90分。公開中。
本作の舞台カラバシュは、ロシア・ウラル山脈の麓にある小さな街。銅の製錬を生業とし、その公害から「地上で最も汚染された場所の一つ」と呼ばれているそうです。その街の初等・中等学校のイベント企画と撮影を担当していたパヴェル・タランキンが本作の監督であり、主人公。彼はロシアによるウクライナ侵攻後、学校と街の空気の変容に苦しみながらも、ある使命感でカメラを回し続け、遂に祖国に絶望して亡命する。これは、そんな彼が命がけで国外に持ち出した記録なのです。
とはいえ、フェイク全盛の御時世だけに、こういう作品には身構えます。もし親ロシア的な立場なら「これこそ西側のフェイクだ!」。一方、反プーチンなら何でも真実と受け止めたくなるかもしれない。なので私は「全部を鵜呑みにはしない。でも何かしらの真実は映っているのだろう」という温度で鑑賞しました。
で、結論からいえば圧倒的傑作。タランキン監督――作中にならって愛称・パーシャは教養、愛とユーモアを備えた理性の人。粛々と進められていく愛国教育の様を政府の指示通りに、しかしとてつもない悲しみを持って撮影したはずの映像なのに、生徒たちとの距離感、同僚を見る目、状況へのツッコミが絶妙で、なぜか笑えてしまう場面も。説教していないのに教えられる。この感じ、彼が優秀な教師だったことと無関係ではないでしょう。
対照的なのが、「体制の犬!」とも言うべき歴史教師。同僚たちが戸惑い顔で愛国教育の「台本」を読み上げる中で、俄然イキイキと当局好みの理屈を説き、歴史改竄を手際よく進める。こんな人、本当に居るの? そう、居るんです。しかも怖いのは、彼が完全悪ではないこと。教師として働き、人間らしい顔も見せながら、体制への順応だけが異様に早い。現実とはこういうものなのでしょう。
最も胸を抉られるのは、元教え子たちの壮行会のシーンです。徴兵され前線へ送られる彼らは、まだリベラルな教育が生きていた頃に育った世代。だから送り出す側も送られる側も、どこかで自分を偽らなければ儀式が成立しない。その表情をカメラが容赦なく拾う。「反戦映画」という言葉では片づけにくい、構造そのものの悲劇があります。
さらに、戦地へ行った家族を案じる生徒との対話から、前線で兵士たちが何を命じられているのかが透けてくる。戦時下ドキュメンタリーなら先の展開は読めるはずなのに、本作は妙に読めない。ロシア文学的な文芸の深みなのか、パーシャは事実の記録を撮っているだけなのに、人間の内面が強力に迫ってくるのです。
カラバシュという街自体も凄まじい。工業化の栄光と環境破壊を抱えた土地で、今度は子供たちの精神に国家の物語が注入される。汚染という言葉が、空気や土壌だけでなく情報にも静かに重なって見えてくる。この恐怖、他人事ではありません。情報汚染社会に生きる我々は、何を真実と信じ、いつ自分を偽り、どこで「仕方ない」と体制へ身を預けるのか。その問いを、叫ぶのではなく学校行事の映像から突きつける本作。情報汚染社会の全人類必見の、暗黒な傑作です。



