歴史観をもって隣国と向き合う
帰国後、後藤田を訪ねて旅の率直な報告をすると、「それでいいんだ。歴史的な謝罪は謝罪、現在への批判は批判。そして友好は友好で深める。大事なことは歴史や文化を認め合って、新しい関係を築いていくことだ」と言った。私たちが型通りの中国観ではなく、中国の歴史といまへの認識を深めたことを喜んでくれたようであった。歴史観をもって隣国と向き合うことの大切さを噛み締める旅であった。
後藤田は、体験から鍛え上げた歴史観を持つ人であった。後藤田が私の心を過ぎ去ることがないのはなぜかを改めて胸に問うてみると、それはやはり彼が体現した戦争体験世代の信念ゆえということになる。私は今年の3月に刊行した『真の保守とは何か』(文春新書)で、保守について考えるときに重要なのは戦争観であると述べた。軽々に戦争を語ったり、戦争を煽りながら自らの立場を強めようとする者は、人々が生きる場を大切にする「真正保守」と呼ぶに値しない、と。石橋湛山、池田勇人、前尾繁三郎といった「真正保守」と言うべき政治家たちは決して戦争をそのように論じなかったのであり、まさに後藤田も「非戦の保守」の系譜のなかにいる。
1914(大正3)年生まれの後藤田の10代後半から30歳までは、軍部を中心とするファシズム体制が全国に浸透し、日本が無謀な戦争に突き進んで破局を迎える時代とそのまま重なっている。若き日の後藤田の時代経験を辿り直すと、それはそのまま私たちの歴史の教訓となっていることに改めて気づくのである。
※約7000文字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年11月号に掲載されています(保阪正康「後藤田正晴の逡巡(後編)」)。
・英語の授業で「リットン報告書」
・二・二六事件の「処理の仕方」
・歴史観が刻印された91年

