トランプ米大統領との日米首脳会談に臨み、アメリカのイラン攻撃について意見を交わした高市早苗首相。
いまから35年前、政治評論家時代の高市首相は、名官房長官として知られた後藤田正晴氏と「他国に軍事介入を繰り返してきたアメリカ」について議論していた。文藝春秋4月号では昭和史研究家の保阪正康氏が、この対談を分析している。その記事を一部紹介します。
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後藤田から聞いた高市の名前
私が高市早苗という存在を意識したのは意外と古く、35年前のことになる。高市の名前を聞いたのは、後藤田正晴からであった。
その頃、私は月に2回、後藤田の議員会館事務所、個人事務所、また自宅を訪ねて、評伝(『後藤田正晴―異色官僚政治家の軌跡』、文藝春秋、1993年)を書くための取材を続けていた。その際、2人でよく歴史談議や雑談も交わしたのだが、1991(平成3)年の暮れ、後藤田がこう言った。
「週刊誌からPKO(国連平和維持活動)についての対談を頼まれて断っていたんだが、相手が高市早苗君ということになり、引き受けることにした。松下政経塾を出て、アメリカ連邦議会でスタッフとして働いていた若い女性なんだよ」
対談は『週刊朝日』1991年12月6日号に掲載された(「自衛隊の武力行使は認められない―後藤田正晴自民党代議士が𠮟る/聞き手・政治評論家 高市早苗」)。私はそれを読み、後藤田の意図が理解できた気がした。
当時、PKO協力法案が衆議院を通過しようとしており、国際貢献と国益の名の下に、日本も国連の平和維持活動に協力すべきだという主張が政策として現実化しようとしていた。後藤田は「国際環境の変化のなかで、国際的な協力は、平和主義に立つ日本の国是を守ったうえで最大限やればいい。だが、軍事による協力は一切すべきでない」との立場を取り続けた。「自衛隊が丸腰で停戦監視に行くならいい、その場合も自衛隊の少佐か大尉以上にすべきで、自衛隊をまったく送るな、と言うのではない。そこが社会党と違うところだ」とも言っていた。(中略)

