「悲願のシェア奪回を期すのは、近々予想されるウェハー口径の300ミリから450ミリへの転換期だ」(『PRESIDENT』 2014年9月1日号)
牛田は450ミリへの転換が近々起こるとみており、それを絶好の機会としてASMLからシェア奪回を目指していたふしがうかがえる。
背景には過去の経験があった。実は半導体産業ではウェハーサイズの大口径化への転換を既に経験していた。2000年前後に、ウェハーサイズの主流が200ミリから300ミリへ変わり、特に2005年以降、先端プロセスではほぼ300ミリになった。
この移行は露光・成膜・エッチング・搬送すべてにおいて装置の全面刷新を必要としたために、業界変動をもたらした。ウェハーサイズの変更がもたらす影響を経験していた牛田は、450ミリへの大口径化でも同様の変動が起こるとみていたに違いない。大口径化をシェア奪回の機会とするために、450ミリへの移行をASMLに先駆けて積極的に先導したのではないだろうか──これはあくまでも私の推論である。
繰り返すが、大口径化はあくまでもコスト削減と生産効率に関わる課題であり、微細化競争とは直接関係しない。
決断の背景にあった「コンコルドの轍を踏む」恐れ
そこで、当時のニコンがどのような微細化戦略を描いていたのかを見てみよう。同じ雑誌インタビューの中で、牛田はEUVから撤退した背景と今後の微細化戦略を次のように語っている。
「ASMLはEUV(極端紫外線)露光という、次世代技術の開発に注力した。ニコンも研究したが、EUV露光は開発費が膨大で、量産化においては経済合理性が成り立たない可能性が強い。マッハ超えは達成しても商業的には失敗した超音速旅客機コンコルドの轍を踏む恐れがあると、私は考えた」(『PRESIDENT』 2014年9月1日号)
既に触れたように、牛田は「超音速旅客機コンコルド」を引き合いに出して、EUV撤退の理由を経済合理性という観点から説明している。EUV露光機がたとえ技術的には完成したとしても、商業的には成り立たないだろうと考えたのだ。
実際のところコンコルドの場合は、航空会社からの注文量が圧倒的に少なく、採算ラインの250機にはるかに及ばない20機しか製造されなかったのである。その結果採算が全く合わず、2003年に全ての路線が終了した。その二の舞になることを危惧したのだ。
さらに牛田は撤退後の微細化戦略を次のように述べている。
「われわれは、ArF(フッ化アルゴン)液浸露光という、今ある技術に狙いを定め、主力部隊を一点に集中して戦う戦略を選んだ。半導体の微細化で、今視野に入る一番先端までは、ArF液浸で達成できる自信がある。判断にブレはなかった」(『PRESIDENT』 2014年9月1日号)