このようにオウム真理教は、当初は「オカルト」の文脈で扱われていたのだが、これが衆議院選挙以降になると大きく転換する。
「MEN’S NON-NO」(集英社)1992年1月号では「宗教ブームの実態に迫る」、「CanCam」(小学館)1992年12月号では「CanCam世代の宗教ガイド」、「POPEYE」(マガジンハウス)1993年8月25日号では「悩みのないやつなんていない。人生相談 僕たちが答える!」といったように、若者向けファッション誌で新興宗教の特集が組まれ、そのなかでオウム真理教もトピックとして扱われるようになっていく。
テレビ朝日『朝まで生テレビ!』の「若者と宗教」(1991年9月28日)、日本テレビ『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の「麻原彰晃の青春人生相談」(1991年10月30日)、テレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』(1991年12月30日)などのテレビ番組に麻原が出演したのも、ちょうどこの時期だ。
以前であれば、オウムの扱いは「オカルト」という一部好事家が集うサブカルチャーに過ぎなかったが、衆議院選挙以降、世間の誰もが目にする「トレンド」へと変容したのである。
こうした世間の風潮を意に介さず、岡崎のタレコミがあった時点でもう少し踏み込んだ捜査をしていれば、のちの凶悪事件は未然に防げたかもしれない。
事件から6年、地下鉄サリン事件が起きてからようやく坂本弁護士の遺体が発見
「坂本一家殺人事件」から6年後の1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起きる。その2日後の3月22日、警察は全国の教団施設に一斉捜査を行った。
すでに教団を離れていた岡崎一明は、このまま捜査が進めば坂本弁護士一家の事件についても追及の手が及ぶことを悟り、みずから警察署に出頭し、一家殺害に関与したことを認める。警察は岡崎の供述にもとづき、1995年5月20日、坂本弁護士一家殺人事件をオウム真理教の犯行であると断定するに至った。
岡崎の証言に基づいて捜索が行われ、9月6日に坂本弁護士と妻の遺体が発見された。長男の遺体捜索は難航したが、4日後の9月10日、かつて捜査した場所からわずか数十メートルの位置で発見されるのだった。
オウム真理教の実行犯や幹部が逮捕され、事件についてはいったん区切りがつく(麻原と村井を除く実行犯5人は死刑、村井は逮捕前に右翼団体の構成員を自称する男に刺殺された)。

