2025年6月の“約束”

 2013年5月5日、国民栄誉賞の授与式。松井が投じたボールを、病に倒れながらも懸命にバットを握った長嶋が打席で見守った。海を渡り、ヤンキースでワールドシリーズMVPを獲得してなお、松井の師への敬意は些かも揺らいでいなかった。巨人のユニホームを脱ごうと、海を隔てようと、2人の絆は途切れることがなかった。

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 それだけに、2025年6月に長嶋がこの世を去った際、松井が口にした言葉は多くのファンの胸を締め付けた。

「長嶋さんと生前に約束したこともあります」

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 次の世代へ何を遺すべきかを問われた際、松井がふと漏らしたこの一言は、当然ながら「巨人監督への就任」という憶測を呼んだ。だが、2026年10月の就任会見で松井は、当時の発言について慎重に言葉を選びながら、こう語った。

「あの発言がさまざまな憶測を呼んでしまったことは反省しています。約束の内容は、長嶋さんと私だけのものとして胸にしまっておきたい」

 真相をいたずらに明かさず、墓場まで持っていくかのような沈黙を守った松井。しかし、言葉を飲み込んだ彼が、代わりにその覚悟を行動で示したのが背番号の選択だった。

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 松井が背負うことを決めたのは、長嶋が第1期監督時代に着けていた「90」。1975年、長嶋巨人が球団史上初の最下位に沈み、そこから血を吐くような思いで若手を鍛え直して連覇を成し遂げた、苦闘と情熱の象徴である。饒舌に約束を語るのではなく、最も重い歴史を持つ背番号を背負うこと。それこそが、松井が師に捧げた無言の誓いだった。