成功体験の押しつけを排して…
もちろん、過去の物語だけで勝てるほど現代のプロ野球は甘くない。求められるのは、松井が日米で培った勝者のメンタリティを、いかに冷徹な組織論へと昇華できるかだ。
第1に問われるのは、基準の絶対的な高さである。V9を体現した長嶋巨人の血脈を引き、さらにピンストライプのヤンキースで「勝つこと以外はすべて失敗」という苛烈な勝負の世界を生き抜いた松井にとって、準備の甘さやワンプレーの妥協は許されない。頂点から逆算して「今、何が足りないのか」を突き詰める視線を、チーム全体へ浸透させられるかどうかが最初の試練となる。
第2に見逃せないのが、現代的な役割分担と組織づくりだ。昭和や平成初期のように、カリスマ監督がすべてを差配する時代は終わった。松井自身、ヤンキースというメガクラブで、個々の選手や専門スタッフが自らの役割を徹底して果たす組織の強さを目の当たりにしてきた。監督ひとりが重圧を抱え込むのではなく、コーチ陣の知見を活かし、選手が自分の仕事に集中できる環境を整えられるか。松井のクレバーな組織観が試される。
そして最大の課題となるのが、巨大球団特有のプレッシャーとの付き合い方である。少しの連敗で批判に晒され、一挙手一投足がメディアやSNSで拡散される現代の巨人は、選手を萎縮させる罠に満ちている。批判をどのように受け流し、あるいは矢面に立って選手を守るか。松井が自らの現役時代に培った泰然自若のメンタリティを、言葉と態度で選手たちに分け与える必要がある。
名選手が必ずしも名監督になれるわけではない。自分ができたことを、目の前の選手ができるとは限らないからだ。長嶋が自分に膨大な時間を割いてくれたように、今度は松井が、現代の選手たちの個々の資質とテンポに合わせて時間を注ぎ込めるか。「俺の背中を見ろ」ではなく、泥臭く寄り添うことができるかどうかに勝敗はかかっている。
王貞治の言葉が突く「巨人監督」という劇薬
就任に際し、かつて2000年の日本シリーズで相まみえた王貞治は、温かくも冷徹なエールを寄せた。
「一番成功して欲しいと思っているのは長嶋さんだろうから」
その言葉の奥には、自らも巨人を率い、勝てば称賛され、負ければ容赦なく批判の嵐に晒された巨人監督の過酷な現実を知る者ならではの実感が込められている。スター監督の誕生は熱狂を生むが、その熱狂は一度歯車が狂えば、すべて鋭い刃となって指揮官へと跳ね返ってくる。
長嶋が松井に注いだ期待は、一朝一夕で花開いたわけではなかった。暗闇での素振りを重ね、10・8の修羅場を越え、2000年の頂点に至るまで、長い時間をかけて育まれたものだった。
今度は松井が、誰かの成長にその時間を使う番である。「長嶋茂雄との約束」の内容は、2人だけのものとして残っていてよい。ファンが見届けるべきなのは、松井がどのような選手を育て、どのような勝利を積み重ねるのかだ。長嶋に育てられたスターが、次の時代の主役を送り出す。その選手たちが巨人の勝利を担ったとき、師弟の物語は球団の新しい歴史へとつながっていく。
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