実際、2018年の訪韓時に高官級代表団の団長を務めたのは、当時の金永南最高人民会議常任委員会委員長だった。「歩く労働新聞」と呼ばれ、最高指導者への忠誠心が厚いと言われた人物だ。21日の視察に同行した朴正天氏は2022年末、党書記と党中央軍事委員会副委員長を解任された経験を持つ。

 北朝鮮消息筋によれば、新型コロナウイルスの感染拡大を巡るスキャンダルに巻き込まれ、後に潔白が証明されて復活したという。ただ、相当な心労があったようで、北朝鮮が公開した映像で、朴氏の頭部に一部、脱毛が確認されている。

外交で金与正氏が前面に出る意味

 金正恩氏と金与正氏の関係が緊密だとしても、周囲が権力闘争への懸念を抱かずに済むとは限らないのだろう。ましてや、2022年11月からはキム・ジュエと呼ばれる金正恩氏の娘も登場した。ジュエ氏と金与正氏は将来、権力を奪い合う関係に陥る可能性もあり、周辺は細心の注意を払っていることは想像に難くない。

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キム・ジュエ氏(写真は朝鮮中央通信ホームページより)

 では、こうした事情があるなか、金与正氏が前面に出た背景には何があるのだろうか。韓国政府関係者は、金与正氏は韓国を激しく非難しているものの、韓国との戦争を望んでいるわけではないとの見方を示す。北朝鮮にとって最重要課題は体制維持であり、韓国との戦争は体制の危機を招くためだという。

 北朝鮮は2015年にも非武装地帯での地雷爆発事件を機に韓国と険悪な状況に陥った。当時の朴槿恵政権は一歩も引かない強硬姿勢を維持。同年8月25日に発表された南北の合意では、北朝鮮側が地雷爆発によって韓国軍人が負傷したことに遺憾の意を表明せざるを得なかった。

 前出の韓国政府関係者は「韓国側には、18年の訪韓時に金与正と会い、礼儀正しくて柔らかい性格の女性だという印象を持った人が多い」と語る。この関係者は、軍部でも最高指導者でもなく、金与正氏が前面に出ることが一種の安全装置になっているとみている。