2013年から2期10年にわたり日本銀行の総裁を務めた黒田東彦氏。デフレ脱却を目指し異次元緩和を導入し、安倍晋三首相(当時)肝いりの政策である「アベノミクス」とともに株高や行き過ぎた円高の是正を実現した。

 安倍氏から就任の打診を受けた際には「ためらい」もあったという。当時のエピソードを、黒田氏の新著『独白―デフレとの闘い 異次元緩和の10年と物価安定の真実』(光文社)より一部抜粋してお届けする。

前日銀総裁・黒田東彦氏 ©文藝春秋

安倍氏とは、ほとんど面識がなかった

 ADB総裁を務めていた間、毎年夏と年末年始は東京で休暇を取るようにしていた。滞在中は官邸に出向いて時の首相と15分間ほど面会し、アジアの経済情勢やADBの経営状況について報告するのが通例だった。

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 2012年の年末も東京で過ごしていたが、その間に、安倍政権の内閣官房参与に就いた旧知の浜田宏一先生と会って話す機会があった。先生からは金融政策に関する考え方を尋ねられ、私は「白川総裁のもとで日銀が慎重な政策運営をやっている限り、2%の物価安定目標は達成できない。もっと思い切った金融緩和が必要だ」と意見を述べた。

 明けて2013年の年始には、官邸に安倍首相を訪ねたが、金融政策の話は出ず、インド経済について短く話しただけだった。もともと安倍氏とはほとんど面識がなかった。小泉政権下で私が内閣官房参与を務めていた時期、安倍氏は官房副長官、官房長官として官邸に詰めていたが、お会いして長く話した記憶はない。

 正月休みが終わり、マニラに戻った後で、白川総裁の後任候補の1人として私の名前が浮上していることを、週刊誌報道などを通じて知った。しかし、他にも多くの人たちが候補と目されているようだったし、まさか自分が後任に指名されるとは考えもしなかった。

 官邸からの打診めいた連絡も受けていない。

 ただ、一度、静岡県立大学教授で内閣官房参与を務めていた本田悦朗氏が、マニラのADB本部に電話をかけてきたことがあった。本田氏は財務省出身で後輩に当たるが、それまでほとんど縁がなかった。

 電話口で本田氏は「仮に黒田さんが日銀の総裁になった場合、ADB総裁のポストを中国に取られてしまう可能性はありますか」と聞いてきた。

「それはないですよ」と私は即答した。