2023年、2期10年にわたって総裁を務めた黒田東彦氏が退任した。その座は植田和男氏が受け継いだが、実は黒田氏の中には植田氏ではない「後任の第一候補」がいたのだという。

 にもかかわらず、バックグラウンドが財務省にも日銀にもない“学者”の植田氏が、なぜ総裁に選ばれたのか。黒田氏の新著『独白―デフレとの闘い 異次元緩和の10年と物価安定の真実』(光文社)より一部抜粋してお届けする。

前日銀総裁・黒田東彦氏 ©文藝春秋

もともと目を付けていた「後任」は……

 2022年12月に4%に達した消費者物価上昇率(除く生鮮食品)は、2023年に入って3%台前半に、同年末にかけては2%台半ばまで低下していった。しかし、その間、名目賃金上昇率は2%前後にとどまり、実質賃金が上昇に転じることはなかった。

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 私は2023年4月に、総裁2期目5年の任期を終えて退任した。2%の物価安定目標を達成するためには、賃金・物価の好循環が起きていなければならなかったが、残念ながら私の任期中には実現しなかった。

 後任の総裁については、雨宮正佳副総裁しかいないだろうと私はひそかに思っていた。

 日銀生え抜きの雨宮氏は、金融政策を担当する部門に長く身を置き、速水優・福井俊彦総裁時代の量的緩和政策(2001年)や白川方明総裁時代の包括的な金融緩和政策(2010年)にかかわった。

 2013年に私が総裁に就任して以降は、企画担当理事や副総裁として量的・質的金融緩和、マイナス金利政策、イールドカーブ・コントロールの立案や運用に携わってくれた。いわばデフレ下の金融政策を知り尽くした人物であり、退任前に私の方から「後任はあなたがいいんじゃないか」と伝えたこともあった。

 雨宮氏はすでに金融正常化のプロセスを意識していたようで「金融緩和を推進してきた自分が、正常化までやるというのはいかがなものでしょうか」と言って就任の意思を示さなかった。

 私は「この間の金融政策を一番よく知っているのはあなたなのだから、総裁をやってもいいんじゃないか」と続けたが、彼が首を縦に振ることはなく、「官邸から打診があっても受けません」ときっぱり言い切った。